阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第21号
禅定窟とその洞くつ動物について

博物班 吉田正隆

 昭和49年度阿波学会の総合学術調査博物班調査員として勝浦郡上勝町の禅定窟とその洞くつ内に棲息している動物相について調査を行なう機会を得た。その調査結果を報告するに当たり、筆者の良き指導者であり同好者である木内盛郷氏(県教育センター勤務)とともにかつて数回にわたり調査した結果も合わせて報告する。

 

1 禅定窟の概要
 禅定窟(ゼンジョウクツ)は、禅定の窟(ゼンジョウノイワヤ)、灌頂ガ窟(カンジョウガクツ)、千丈の窟(センジョウノイワヤ)、穴禅定(アナゼンジョウ)とも呼ばれている古生代二畳紀(約2億5千万年前)に形成された地層の石灰岩の一部が、地下水により浸蝕されてできた細長い亀裂型の鐘乳洞である。この洞窟は四国八十八ヵ所第20番鶴林寺(勝浦郡勝浦町生名)の奥の院とされている慈願寺(同郡上勝町正木)に属し、古くから信仰の対象として入洞者も少なくない。
 この洞窟へのコースは、3コースほどあるが、藤川からが一番わかりやすく利用する人も最も多いようである。藤川橋のたもとを谷に沿って北に曲がり徒歩約30分でこの谷にかかっている3つ目の橋に着く。この橋の両岸をどちらでも約40分で慈願寺に至る登山道があり、一般には東側ヘ橋を渡ってからの道がよく利用されている。寺の前を通って西へ約15分でこの洞窟を作っている大きな石灰岩に面した広場に出、さらに少し東側(30m)へ岩に沿っての道をゆくと洞口に通じる梯子がある。全般に道はよく整備されており景勝地として薦めたい地である。
 洞窟の入口は、測量図 I に示すように北西向に開口し、高さ2.3m幅2.0m(全て最大幅)で曲りくねってはいるがほとんどが東向きに奥行約50mの横穴となっている。

洞内の高さは1.5m〜5mあるもののその幅はほとんどの地点で50〜70cm、特に入口から10m余りまでは体を横向にしなければ通ることができないほどせまい洞窟である。しかしながら入洞者が多く、その衣服で擦って通るためか壁面はなめらかになっているために、せまいながらも割合に通りやすい。主な洞口(図I−E)のすぐ隣り北側の上部にも洞内に通ずる連絡口があり、主道の2階を通って内部に入ることができるが、這って進まなければならないほどにその天井は低い。一般に知られている鐘乳石や石筍、石柱等はほとんどみられないが、洞内には、天井から壁をつたう水により作られるカーテン状の生成物がみられる。洞口より少し入った所から最奥部までの床面には、直径5〜10cmの丸太を短かく切ったものを敷きかためてあり、最奥部には祭壇がある。
 また、この地には禅定窟の東約100mに帆柱の窟と呼ばれる垂直に9.5m下るたて穴がある。測量図 II に示した−9.5mの地点がこの洞窟の入口であり、井戸のように垂直にくだらなければ入洞することは不可能なので梯子等の降下する資材が必要である。

こちらは禅定窟とは異なり、内部の高さ幅は十分にあるが、たて穴の底から北西に約10mほど下りぎみに入ると行止まりとなる。奥に近い壁に高さ45cm、幅30cmの小さな横穴があり、ここを通り越すと天井は低いが別室が作られ、この一部は元のたて穴から少し入った所の地下へと入り込んでいる。禅定窟に比べて洞内は岩盤が弱そうに見え落盤等の危険があるように見受けられるので、帆柱の窟への無用の入洞は避けた方が望ましい。

 

2 禅定窟の洞窟動物
 一般的に洞窟動物といえば、その代表者はコウモリがあげられ、その他は神話的な想像上の動物が棲息している等いろいろな話を各地に聞くことがある。ここで取り上げる洞窟動物とは、とにかく洞窟の中にみられる動物全部を対象とする。洞窟動物は、何らかの事情で一般に地表(洞外)で見られるものが迷い込んだり帆柱の窟のようなたて穴に落ち込んだりしたものを迷洞窟性動物、コウモリのようにそのような暗闇の中に一時的に入っていて夜間に外へ出て活動するものや、夏の暑い季節に越夏をするために入っているものなどを好洞窟動物または周期的洞窟動物、もともと石の下や土の中などで棲息し太陽の光や乾燥を好まない動物がたまたま洞窟の中に棲みつき長い年月の間に洞窟の環境・・・・・・1)太陽の光の欠除、2)恒温恒湿(禅定窟、帆柱の窟とも一年中16℃の温度で、湿度は100%近い。)・・・などのため洞窟内で特殊化し洞外では生活できなくなったものを真洞窟動物と呼んでいる。一般に真洞窟動物は各地の洞窟によって同一系統の種であっても種分化が進み洞窟ごとに別種となり他所には見られない特産の種が少なくない。禅定窟と帆柱の窟はわずかに100m余りしか離れて居らず、小さな動物達には十分通ることのできる地下の隙間があるためか全て共通種がみられる。

 

禅定窟の洞窟動物リスト


節足動物門 ARTHROPODA
   蛛形綱 ARACHNIDA
     メクラグモ目 Opiliones
1)Pseudobiantes japonicus Hirst
  ニホンアカザトウムシ
 メクラ(盲目)グモという名前は、盲人即ち座頭が杖でさぐりながら歩くのに似た歩脚の動かし方から来ている。洞窟性のザトウムシも外国では見つかっているが、本種は明らかに洞外性のもので眼もある。迷洞窟動物とみなされる。
   真正クモ目 Araneae
2)Falcileptoneta zenjyoensis (Komatsu)
  ゼンジョウマシラグモ
 帆柱の窟にもみられる体長1.5〜2.0mmの小さなクモであり、この地特産種である。洞内の壁面(床に近い場所)の凹みや、洞床の石や木の小さな隙間に綿状の巣を作っている。各地の洞窟には別種か、又は別種と思われる同グループの種が知られている。
3)Nesticus sp.
  ホラヒメグモの一種
 帆柱の窟にもみられる。前種と同じく各地の洞窟からみられ各洞窟ごとに変異もみられることから新種もしくは新亜種として発表されることと思われる。
4)Cybaeus kiuchii komatsu
  キウチナミハグモ
 前2種と同じく洞窟性のクモで、帆柱の窟にもみられる。洞床や岩の上等に土砂をかためたトンネル状の巣を作る。採集者木内氏(前述)の名前をとって種名とされている特産種である。

 

   倍脚綱 DIPROPODA
     ヒメヤスデ目 Juliformia
5)Skleoprotopus inferus Verhoeff
  リュウガヤスデ
 木種はコウモリの糞などを好んで食するが、禅定窟では最奥部にある石仏に祭られたシキミなどの落葉腐植や酒などを食しているようである。各地の洞窟に最も普通にみられる。
  オビヤスデ目 Polydesmoidea
6)Epanerchodus biaduncus Murakami
  ゼンジョウオビヤスデ
 帆柱の窟にも見られる真洞窟性オビヤスデでこの地特産種。体長約20mm。まっ白で眼は退化している。(写真1)県内には本種の他に4種類ほど見つかっている。
これらの外に多足類では、一般に洞外で見られるコアシダカグモ、オビヤスデの一種、ヒトフシムカデの一種等が見つかっている。


   昆虫綱 INSECTA
     トビムシ目 Collembola
7)Onichiurus (Protaphorura) ishikawai Yosii
  トビムシモドキ科の一種
8)Folsomia candida Willem
  フシトビムシ科の一種
9)Sinella (Coecobria) ishikawai Yosii
  ツノトビムシ科の一種
10)Plutomurus ryugadoensis (Yosii)
  リュウガドウトゲトビムシ
 種名に高知県竜河洞の名前がみられる。
11)Plutomurus kawasawai Yosii
  トゲトビムシ科の一種
12)Tomocerus (Monodontocerus)modificatus Yosii
  トゲトビムシ科の一種
13)Arrhopalites octacanthus Yosii
  マルトビムシ科の一種
 禅定窟での採集標本により新種発表がなされている。
 トビムシ目については2〜3の未同定種がある。これら全てのトビムシは、体長1〜2mmの微小な種でその数も洞窟動物の中では最も多く先に述べたクモ類や他の昆虫類の飼となっており海棲動物などで言われるプランクトン的な存在となっている。最奥部にまつられた植物の腐植やローソクの紙箱の腐植したものを食し、特に一部にかため積まれているローソクの紙箱の隙間などには各種が相まじって非常に多く見られる。
  ガロアムシ目 Gryloblattidae
14)Galloisiana sp.
  ガロアムシの一種
 昭和38年1月に岩崎博君(当時県立東工業高校生・現在名古屋市在住 会社員)により一種採集された記録がある。洞窟や高山の石の下から発見される無翅盲目白色の昆虫で生きた化石とも呼ばれている古い型の昆虫である。生長するにしたがい黄褐色となり成虫は3.5〜4cmにもなると言われ、成虫でなければ同定ができないとのことである。県内では剣山の行場(1,800m)付近の石下から知られ、洞窟内では禅定窟の他に竜の窟(阿南市加茂町)、日店洞(那賀郡上那賀町)などからも採集されているがいずれも2.0cm位いの若令虫で成虫は見つかっていない。
   直翅目 Orthoptera
15)Diestrammena sp.
  カマドウマの一種
洞窟性のカマドウマも他所には見られるそうであるが、当地のものは洞外にも見られるものと同じ種と思われる。洞窟内の環境を好んで生活する好洞窟性動物で、非常に食欲の旺盛な種である。
   鞘翅目 Coleoptera
16)Awatrechus religiosus S. U■no
  ゼンジョウメクラチビゴミムシ
 体長約5mm、真洞窟性または地中性と言われているゴミムシで、アメ色の盲目甲虫である。盲目の代わりに体表には感覚毛を有している。帆柱の窟にも同種を産するが、この地特産種である。(写真2)各洞窟内で種の分化が進み、各々別個の種が形成されている。本県内では、Awatrechus hygrobius S. U■no リュウノメクラチビゴミムシ(阿南 ゼンジョウメクラチビゴミムシ 市・竜の窟)、A. yoshidai S. U■no ヨシダメクラチビゴミムシ(上那賀町・日店洞)A pilosus S. U■no トウゲンメクラチビゴミムシ(木沢村・桃源洞)、A. bisetiger S. U■no インベノメクラチビゴミムシ(仮称)(木屋平村・忌部の穴)、A. persimilis S. U■no(阿南市大井町・臼台の横井戸)の5種が各々特産種として発表されており、この他に属を異にする同系統のものが2種知られている。


17)Jujiroa sp.
  ホラアナナガゴミムシの一種
 前種と同様のアメ色をした盲目のゴミムシで体長は15mm余りある。禅定の窟でその死骸を多数発見し、かつて帆柱の窟で雌雄各一頭を採集した。前種よりも種分化の進みがおそく、他の洞窟から得られるものと同じものかどうかは今後専門家の研究を待たねばならない。
18)Catops ohbayashii Jeannel
  オオバヤシチビシデムシ
 コウモリの糞に好んで集まる、各地の洞窟に普通にみられる体長5mm程の甲虫。帆柱の窟にも見られたが、その数は少ない。(写真3)


19)Quedius sp.
  ツヤムネハネカクシの一種
 最奥部に祭られたシキミの落葉腐植の下から約20mmの幼虫を得た。種名は成虫が得られていないので決定できないが、このグループも高山の土中や洞窟内からのみ知られるもので各地の種分化が進みそれぞれ別種を形成しているため成虫が見つかれば恐らく新種として発表できるものと思われる。県内からは Quedius kiuchii Watanabe et M. Yoshida キウチツヤムネカクシ(阿南市・竜の窟)と Q tsurugiensis Watanabe et M Yoshida ツルギツヤムネハネカクシ(剣山・夫婦池)が知られており、ともに眼は小さく退化しつつあり体長17mm程のアメ色乃至淡茶褐色のハネカクシ科甲虫である。写真4は滝の窟産の Q kiuchi であるが恐らくこれに似た成虫が今後何日の日にか得られることと思う。


20)Speobatrisodes punctaticeps Jeannel
  アリツカムシ科の一種
 四国内の各地の洞窟に普通に見られる体長2mm程のアリツカムシ科甲虫、最奥部に最も多く見られる。植物の腐植が有る所に見られる。(写真5)


 以上の他に微少な土壤性のダニ類など種名の明らかでないものがいくらか得られている。ここに記したものは種名の明らかなもの、また種名が解かっていないものでも貴重だと思われるもののみを記した。
 なお帆柱の窟からは、たて穴であるゆえに落ち込んだイモリを5頭余り、また、シカ、アナグマ、ノウサギ、ネズミ、モグラなどの骨が発見された。洞床のほとんど表面にちらばっている骨のみを採集したので比較的新しい動物の遺骨ばかりであったが、洞床に積った土砂などを堀り下げてみれば古い時代の動物の骨が出る可能性があると思われる。これらを迷洞窟動物と呼ぶのはきのどくな気がする。恐らく落下して、その時の傷のためか、又は飢えのために死んで行ったものだろう。禅定の窟ならびに帆柱の窟の両洞窟とも、冒頭に述べたコウモリの確認ができなかったことは残念である。コウモリの糞がわずかではあるが両洞窟とも残っているので活動の少ない冬期に入洞すれば確認できると考えられる。その種名は今後の調査に待ちたい。

 

3 おわりに
 禅定窟は慈願寺の管理にあり、入洞する信者や観光等の人達も十分注意をしているためか洞内は美しく整備され、ゴミも落ちていない。このような状態をいつまでも続けてほしいものである。洞窟内に棲息する動物達は小さいものがほとんどであり、それは見つけようとするか又は採集等を目的としないかぎり見つかるものではない。禅定窟の洞窟動物は30種余り見つかっている。その個体数も他の地における洞窟動物よりもはるかに多いように思われる。前述のリストの内、3種のクモ、ゼンジョウオビヤスデ、ゼンジョウメクラチビゴミムシ等はこの地の特産種であり、世界中のどこからも同じものは発見される可能性のないものである。これらは珍らしいばかりでなく、県内はもとより四国そして全国各地に分布する洞窟動物との関連や、地史、そして生物の進化をたどるに欠くことのできない資料となる。人間生活との関係こそ無いが、生物学上大切なものであり、いつまでも残されるよう希望する。県内でも阿南市の竜の窟は石灰岩採堀のため今は破壊されたと聞く、想像もつかないほどの長い年月の内に大自然が創造した洞窟と、そしてその中に住みつき、その環境に極度に適応し、洞窟の外では生活ができなくなった貴重な生物達をもこの世から抹殺してしまったことになっている。本文でも述べた竜の窟の特産種のリュウノメクラチビゴミムシ、リュウノツヤムネハネカクシ(写真4)の他に禅定窟と同グループの3種のクモ、2種のオビヤスデなどはその棲息場所を失なって絶滅してしまったと察せられる。このような結果を二度とおこさないようにしたいものである。
 最後に筆者を含め洞窟関係の調査をしている者達は多かれ少なかれ危険な状態に遭っている。落盤や転落の危険は非常に多い。一般の人達には極力入洞をさけることを望む。

 今回の調査に参加し、本報告を述べる機会を与えられた阿波学会当局、博物同好会長木村晴夫先生、現地において心よく洞窟調査に応じていただいた慈願寺の皆様に心より謝意を表します。


徳島県立図書館