阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第25号
日開谷川水系の水生昆虫

生物学班 徳山豊

1.はじめに
 今回の市場町における総合学術調査に生物学班の一員として参加し、町内を流れる主要な河川の水生昆虫の採集調査をおこなった。ここに若干の結果を得たので報告する。調査は7月25日から11月6日にかけての5日間である。直接採集に当ったのが5日間だが、予備調査を加えると、さらに日数は増える。本年は降水量が少なく、県下の各河川は水量が乏しかった。日開谷川もいたる所で水が枯れ、さらに付近から家畜の飼育による汚水の流入もあり、調査に適した場所がなく、調査地点の設定に困った。夏季はとくに水枯れがひどく、そのため河川に水量が増加し昆虫類が回復するのを待ちながら調査を続けたため、長期間に至った。
 水中に住む昆虫類を総括して水生昆虫というが、この水生昆虫は河川の水質の汚濁に強い種類と弱い種類があり、水質が悪化すると後者は激減する。そこで、この水生昆虫を採集調査し、河川の生物学的水質判定の指標として利用する方法がある。今回は、河川の状況が定量採集に適さないこともあり、この水系の昆虫相を明らかにすることに重点を置いた。水量が乏しいため、昆虫の生息には最悪の状態の中で、昆虫の生息できる場所を探して、できるだけ多く集めたつもりである。
 報告にあたり、日ごろご指導を賜わり、資料を提供くださっている愛媛県新田高等学校の桑田一男先生にお礼を申し上げる。

 

2.調査地点の概要と調査方法

 
 市場町内を流れる主要な河川は、日開谷川と吉野川の一部である。日開谷川は、讃岐山地の東女体山(標高667m)、矢筈山(標高787.5m)の中腹あたりに端を発し、市場町内を流れ、吉野川に注ぐ、全長にして約20kmの河川である。調査は、図1に示す計12の地点で行った。はじめに述べたように、水枯れと、家畜の飼育による汚水の流入により、水生昆虫の生育には、極めて悪い環境の河川である。比較的、昆虫が生息できそうな地点を、日開谷川に6カ所、仁賀木谷川に3カ所、金清谷川、吉野川に各1カ所選んだ。各調査地点の概要を述べると、St.1は県境を越えた香川県長生町の大窪寺近くの源流である。水は清冽であるが、河床には荒れがみられた。St.2は相栗付近の山地を流れる渓流である。ここは水量が少なく、水深10cm位の流れと、水深60cm位の淵がある。底の石面は黒味を帯び、上流部にある家畜の飼育場からの汚水の流入を示している。

 
St.3は岩野付近の平瀬で、ここの石面も黒味を帯びている。水量は、St.2よりやや多い。St.4は白水付近で、水量は他の地点にくらべて多い。上流での護岸工事のため燭りがみられた。St.5は大北付近で、上流に砂防提があり、そこに貯った水が流出している。水の濁りがひどく、石面は黒味を帯びている。St.6は日開谷小学校の上流300m付近である。比較的水量もあり、流れ巾も広くなり、水の濁りは少ない。St.7は下喜来橋の上流約100m付近の伏流水のたまりである。ここから上流はずっと水枯れの状態が約3km続く。
St.7には水たまりの他に、湧水がありわずかな流れを作っている。水たまりの底は泥が堆積し、池の様相を示している。St.8、St.9は仁賀木谷川の源流地点で、人工の加わった様子はなく、水は澄んでいる。しかし、水量は極めて少ない。St.9からやや下流では、養豚場からの汚水の流入で、河床は黒く変色し、異臭を放っている。


St.10は西仁賀木谷川が日開谷川に流入する地点で、やや流れのある平瀬である。上流は工事のため、河床が荒れ、採集はできなかった。St.11は金清谷川の上流にある2つの池を結ぶ極めて小さい流れである。St.12は吉野川の宮田橋の下である。上手では橋の建設工事がおこなわれており、河床は極めて不安定な状態である。水深わずかに10cm程度の流れである。
 調査はこれらの各地点で、採集用のザルを用いて河床の石礫をすくいあげ、石面につく生物をピンセットでとりあげ、ホルマリンで固定した。各地点で流れのあるところ、たまりの石礫をくまなくザルですくいあげ、一応その付近の昆虫のほとんどの種類が集まったと思われるまで、採集をつづけた。同時に、環境要因として水温を測定した。採集した昆虫類は、持ち帰った後同定した。

 

3.調査結果と考察
 採集時の環境要因として水温を測定した結果は、表1に示した。表1の河川型で中間渓流とは、山地部から平地部に移る中間的な渓流を意味する。各地点で採集された昆虫類及びその他の底生動物は表2に示したとおりである。全地点で、合計65種の水生昆虫と8種の底生動物が採集された。目別にみると、表3に示すようにカゲロウ目が最も多く、次いで蜻蛉目,トビケラ目であった。蜻蛉目が多いのが特徴である。これは、たまりのような蜻蛉目の好む場所が多かったことも原因する。表2により、各地点における水生昆虫類の特徴について述べてみたい。
 St.1は源流にあり、本来ならばもっと種類数も、個体数も多いと思われるが河床の荒れが昆虫類に打撃を与えているのであろう。わずか6種類しか確認できなかった。カゲロウ類は、シロタニガワカゲロウだけであった。トビケラ目のような固着性巣をつくる種類が少ないことは、河床の状態が不安定なことを示しているといえよう。この付近には、何か河床を荒廃させる原因があると思われる。St.2〜St.6においてオオシマトビケラが確認され、日開谷川水系にこの種が広く生息することがわかった。本種は、St.12でも採集されているように、吉野川水系に多くみられる。極地性を示すといわれ、河川によっては1個体も採集されない。県下では、現在まで吉野川、伊予川、宮川内谷川において採集している。今回の調査で、日開谷川にも生息することを確認した。St.2〜St.6の各地点でコガタシマトビケラも採集されている。この種は、汚濁に強い種類であり、コガタシマトビケラの分布とオオシマトビケラの分布が一致している。オオシマトビケラも、汚濁にかなり強い種といえよう。St.3ではわずかに4種類かみられなかった。もっと多いはずであるが、汚水の流入が原因しているのであろう。汚濁に弱いカゲロウ類が、1個体も採集されていない。
St.1〜St.5の各地点は、他の地点に比べると、カゲロウ類,カワゲラ類が特に少なくなっており、河床の状態をよく示している。St.6では、種類数も24と多く採集された。水量もあり、昆虫にとっては、すみよい環境であることを示している。St.7では、31種の昆虫類が採集された。昆虫相をみると、渓流域にすむ種と止水域にすむ種の両方がみられる。

 

伏流水が湧き出すところには清冽な渓流にすむ種類がすみついている。伏流して自然浄化され、清冽な水の流れができたためである。また、たまりには止水性のフタバカゲロウや、トンボの幼虫、半翅目のアメンボ、ミズカマキリなどがみられた。昆虫相からみると、池に近いといえよう。この地点では、牛馬に寄生するカンテツの宿主であるヒメモノアラガイの殻が多数みとめられた。
 St.8では、生きる化石といわれるムカシトンボの幼虫を1個体採集した。冷たい清水が流れる石の下にみられたが、あとはいくら探しても採集できなかった。水量が乏しく、いまにも枯れそうな状態であり、この地点に生残る数少ないうちの1個体であろうと思われる。St.9の清水のたまりには、ミズスマシが約200個体、水面を泳いでいた。


たまりの底からは、コオニヤンマをはじめ多くのトンボ類が採集されている。広翅目のセンブリを1個体採集したが、この種は現在までに川田川上流の迎坂付近で1個体採集されている。ゲンジボタルの幼虫も採集され、ホタルの幼虫も人里をはなれた水の清冽なところでは生息している。幼虫の餌となるカワニナも採集された。St.9の下流にある養豚場の下の川底からは、ヒル,ユスリカ,ハエの幼虫がみられたが、水生昆虫類はみられなかった。そのすぐ上流で、汚水の流入のないところにはカゲロウ類をはじめとして、ふつうの種が確認された。汚水の流入が、河川の底生動物に決定的なダメージを与えているといえよう。また、St.9では、採集中に背骨の曲がった魚がザルに入り、なんともいやな思いがした。下流から水のきれいな上流に上ってきたのであろうか。汚水が流れこんでも、水量が豊富であれば、かなり自然浄化されるが、今回のように水量が乏しいと浄化がすすまず、かなりな距離にわたって昆虫類はみられない状態が続く。St.11では、汚濁に強いコガタシマトビケラが多く確認された。ゲンジボタルの幼虫も採集されている。St.12では、日開谷川にはみられないナガレトビケラ科の Rhyacohila SP. RE が採集された。本年8月に吉野川の川田川付近で16種の昆虫類を採集したが、水量の少ないことと河床の不安定なことが、この地点での種類数の少ない原因と考えられる。全地点を通して、各地点で採集された昆虫の個体数は、少ない結果を示した。一般の清例な河川だと、トビケラ目のヒゲナガカワトビケラ,ウルマ−シマトビケラなどは1地点でかなりの数が採集されるものである。水量の減少で、個体数そのものも減っているのであろう。

 

4.おわりに
 かつて20年前、筆者はこの川(St.7,St.12の地点)で泳いだことがある。昨年、今年とこの川を歩き、その変容に驚いてしまった。県下各地のいずれの河川も同様に荒廃しているが、過去の美しい流れを知っているだけに驚きは大きい。今回の調査で、65種の昆虫類が確認できた。しかし、一部の地点では全く昆虫類が絶滅しているところもあった。浄化装置の設置等により、汚水の流入も最少限にくいとめる努力がなされている。清冽な状態にかえれば、昆虫類も増えていくであろう。今後も調査を継続し、昆虫相の移り変わりを調べたい。なお今回、町内の池、沼の水生昆虫も採集したが、全部を調査しきれなかったので、今後採集を続けて別の機会に発表したい。


徳島県立図書館