阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第25号
市場町住民の栄養調査

医学班

   鈴木和彦・久富啓子・阿部ミドリ・

   山本孝史・石川康子・小松龍史・

   志塚ふじ子・森口覚・篠原昭子・

   小野章史・黒田耕司・幸下雅俊・

   加藤浩・五味川修三・岸野泰雄

その1
 市場町は吉野川の中流、北岸に位置し、産業は、主に農業であり、近郊農業を中心とした新しい営農形態が、おし進められている。市場町は主に3つの地区に分けられ、東より八幡地区、市場地区、大俣地区となり、それぞれ野菜、ぶどう、養豚といった特色をもった換金作物を生産している。農家の生活は、このような営農形態をとっているために、一年間休みのない労働をしなければならないが、反面、収入の増加、農業機械の発達等のため、従来いわれている農夫症や、栄養障害とは違った形で異常状態があらわれてくるものと予想され、公衆栄養学上でも重要な問題と考えられる。我々は、農村医学班との共同研究のもとに毎年、徳島県内各地域(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)の農民の健康調査、栄養調査を行ってきているが、医学班は特に、食生活と栄養素摂取量について、調査し、その栄養素摂取に起因するものと考えられる疾病について検索し、その対策を考察したので報告する。

調査方法
1)調査対象
 市場町内の農協(八幡農協、市場農協又は大俣農協)に加入している男子105名、女子113名について調査を行った。年齢は、(表2,3に示すように40才・50才代が男子で67,6%、女子で81,4%をしめている。
2)調査期間
 調査は1978年7月31日より8月3日までの4日間実施した。
3)調査方法
 a)栄養素摂取量
 これは、前報(3)(6)(9)のようにフードモデルを使用し、面接法により聞き出し、その結果の集計には国民生活センターの食生活診断のシステムを利用して、エネルギー、たん白質、動物性たん白質、脂肪、動物性脂肪、糖質、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、ビタミンA(V.A)、ビタミンB1(V.B1)、ビタミンB2(V.B2)、ビタミンC(V.C)等を算出した。コレステロールは辻らの報告をもとにして、食塩は、高血圧者の栄養指導(11)、繊維は、3訂食品成分表(12)、砂糖は、「調理と理論(13)」等を参考にして、計算を行った。
 b)生活時間調査
 市場町の生活時間調査も、面接法により推定した。消費エネルギーは、沼尻ら(14)の方法をもちい、労働時間、睡眠時間、食事時間、休憩時間を男子0,055Kcal/kg/分 0,017Kcal/kg/分、0,027Kcal/kg/分、0,023Kcal/kg/分、女子0,051Kcal/kg/分、0.016Kcal/kg/分、0,025Kcal/kg/分、0,022Kcal/kg/分として、それぞれにあてはめ体重と年齢係数をかけ算出した。

 

調査結果および考察
1)生活時間と消費エネルギー


 図1に示すように、栄養素摂取は種種の要因により影響をうける。最初に市場町の代表的な農民の生活時間についてみた。(図2)

市場町の農家の人人は、午前5〜6時に起床し、午前5時間働き、午後は2〜3時まで休憩し、また夕方の8時頃まで働き、夕食は8〜9時という生活が大半であった。これは日の長い夏期の調査であり、この地区の夕食は遅いと、言いきることはできないが、このような農作業をしている人々は、一般の人々にくらベ夕食の遅くなる傾向があるといえよう。この時の消費エネルギーは、男子2522Kcal、女子2109Kcalであったが、摂取エネルギー (表2,3)に比べ、男女とも、ほぼ等しく、この地区の女子に多い肥満は、これまでの食生活中、特に、夕食が遅いといったことに関係しているのかもしれない。


2)食生活
 市場町での食材料は、表1に示すように特に他の地区と違いはなく、自家製品は、米や野菜が主である。

また、他家製品である商品は、主にたん白源や調味料であり、卵が自家製品として少なかったということは、やや予想外のことであった。朝食は、ごはんにみそ汁、漬物またはつくだにといった日本的な朝食が多く摂られ、パン食は10%前後であった。昼食、夕食では、ほとんどの人が、ご飯をたベており、米を中心とした食生活であることが、うかがわれた。なお、その他の特徴としては、農協でつくられた味噌、ジュース等が多く摂取されており、食生活での農協のはたす役割の重要性が再認識させられた。
3)摂取栄養素量
 これらの食生活より、摂取されたエネルギー量、たん白等の年齢別、男女別の平均(表2,3)と、朝食、昼食、夕食、間食におけるそれぞれの比率をみた。(図3)

  
朝食、昼食、夕食、間食の比率は、Ca、V.Cをのぞいて、夕食にもっとも高いという傾向を示しており、比率は、糖質をのぞき、男女とも大きな差はなかった。糖質、脂質、たん白質のエネルギー比(図4)についてみると、市場町の男女とも、大きな差はみられないが、糖質エネルギーが68%になっており、糖質よりのエネルギー依存の割合が、いちばん高い。さらに、朝食、昼食、夕食、間食、三大栄養素の割合をみると、(図5)

朝食では、71%が、間食では、80%が糖質エネルギーであり、朝食、間食に糖質エネルギーよりの依存が高いということがわかった。
次に、成人病の発生との関係が深いと考えられる食塩、コレステロール、砂糖、繊維の摂取量についてみた。食塩(表4)は、フードモデルによる間接法であるので、食事中にふりかけたりする食塩、しょう油、ソース等の量が測定できないが、市場町平均は、15,2gにおよんでいる。これは夏期であり、汗等で、失われる量を考えると、当然であるかもしれないが、市場町の死因の第1位は、脳血管疾患であり、夏以外の季節でも夏期と同様な食習慣が続く可能性があるものと考えられる。コレステロールの摂取量(表5)は、動脈硬化と関連づけられているが、市場町の平均は501,2mg/day/人であるので現在の日本人の平均値に近い。いずれもばらつきがたいへん大きいということが特徴であった。
砂糖(表6)も特に摂りすぎの害として、高脂質血症が考えられ、動脈硬化へとつながるといわれている。市場町の砂糖摂取量は平均40gであったが、ばらつきが大きく、個々の値をみた指導が必要となるものと思われる。繊維(表7)は、血清コレステロール低下作用(15)や、大腸がん(16)の発症ををおさえるという報告があるので、繊維摂取量をみると、5g前後であり、日本人の平均的な値を示した。


4)摂取栄養素量の評価
 これらの摂取栄養素量を評価するために、厚生省で定められた日本人の栄養所要量(17)(やや重い労作)と対比した。(図6)エネルギーは所要量より低い傾向を示したが、生活時間調査より算出した消費エネルギーとは、ほぼ等しく、肥満の原因となる相対的過食は、夏期にはおこっていないものと考えられる。たん白質は、町全体ならびに各

図6 黒バーは市場町平均、白バーは男子の平均、斑点バーは、女子の平均を表わす。


図7 図6に同じ。

年齢層をみても所要量をほぼみたしており、たん白摂取量の欠陥は認められなかった。これは農村医学班の血清たん白質濃度に、異常者が少ないという報告と一致しており、日常もこのように、たん白質を多く摂取しているであろうことが推察され、農協等の保健栄養指導の活発さがうかがわれる。脂肪は、エネルギーの約20%程度が適量となっていて、脂肪の摂取状況も、よいものと考えられる。無機物である、Ca、Feも、ほぼ所要量を充たしているが、女性の方にFeが所要量より低い傾向がみられた。V.A、V.B1、V.B2、はすべて所要量を充たしていなかったが、V.B1、V.B2、はエネルギー量に規定される量であるので、大きな不足はないものと考えられる。V.Aは、夏期のため、不足の傾向が著しいが、これは緑黄色野菜の摂取不足によるものと考えられる。(図7)V.Cは、所要量をうわまわっているが、これは、夏期のすいかの摂取量が多いことが原因であろう。穀類エネルギー比は、各年齢層においても、60%以上をしめ、穀類摂取の偏重が考えられる。昭和51年の徳島県衛生統計(18)によると、市場町の死因の第1位は、脳血管疾患であり、悪性新生物、心疾患と続いている。脳血管性疾患は、食塩の摂りすぎや、コレステロール飽和脂肪酸、砂糖のとりすぎにより、高血圧・動脈硬化がおこり、低たん白質食や低脂肪食、低コレステロール血症、肥満、糖尿病、ストレス、過労、たばこ等が誘因となって発症するといわれている。われわれは、食品成分表にない食塩、コレステロール、砂糖(繊維)の摂取量についても検索した。食塩は男子に摂取量が多かったが、1日10g以下が望ましいといわれているので今後、農協製造の味噌等、農協を中心とした対策や、食生活指導が望まれる。砂糖は、予想に反して、平均摂取量は低かったが50g以上の摂取量の人も、22,6%におよび、ジュース等の多飲が原因をなしていると思われる。コレステロール摂取量は、最近の虚血性心疾患の発生率が、郡部(19)にも高いということをうらがきするように、市場町でも摂取量の非常にたかい人が、かなりの数におよび、今後の対策が要求される。その他の誘因として、低たん白食や低脂肪食についてみると、両栄養素とも充分にとられており、この面では脳卒中の発生の多い東北地方とは異なるものと考えられる。従って、市場町の死因の第1位をしめる脳血管性疾患の原因は、塩、味噌、しょう油といった含塩食品の影響も一応念頭におくべきであり、その他に女子の極度の肥満等が誘因となっているものと考えられる。

 

まとめ
1)市場町の農民の生活を食生活を中心に検索した。労働時間は1日10時間におよび、夕食の時間が8〜9時と遅いことが特記された。
2)栄養素摂取量をみると、たん白質が、充足されており、調査期間が夏とはいえ、V.Aが充足されていなかった。
3)栄養比率をみると、穀類エネルギー比が68%をしめ、その傾向は三食のうちでは、朝食で著しかった。
4)食塩、コレステロール、砂糖、繊維の摂取量は、それぞれ15,2g、501,2mg、40,0g、5,28gであった。
5)市場町の死因の第1位である脳血管疾患との関連を食生活の面から考察した。

 

 

その2
 前項では、主に市場町の全般的な栄養素摂取状態と脳血管性疾患との関連をみた。この項では、男女別、年齢別の食品群別摂取量と食糧構成基準に対する割合(図1−7)及び所要量に対する割合(図8−14)について考察を加えたので報告する。また市場町の食糧構成基準に対する比率と牟岐町農漁村(6)、山城町山村(9)とのそれらについて比較を試みた。三町とも穀類の摂取量が、基準量をうわまわっているが、牟岐町は200%にもなっており、市場町と山城町とはよく似た摂取量をしめしている。たん白質食品では、牟岐町では主に魚介類が基準量をうわまわり、卵類も基準量をこえている。徳島市の近郊に位置する市場町では、肉類が基準量をうわまわり、ついで大豆、卵、魚介類がつづいている。従って、ほとんどのたん白質食品が基準量をこえて摂取されていることがわかる。山村である山城町では、わずかに卵類が基準量をうわまわるのみであり、農村医学班の血清たん白質の値ときわめてよく一致している。三町村の基準量に対する比率を通覧すると、緑黄色野菜、牛乳が基準量を下まわっており、淡色野菜、海草類、穀類が基準量をこえているという類似性を持ち、たん白質食品の摂取量および種類にその地域差が表われている。どのようにして、たん白質食品が選択されるかという問題は、今後の食糧供給面からのみならず、種々の方面から興味ある題目となるであろう。次にそれぞれの食物の基準量に対する比率を、年齢別にみた。穀類は、すべての年齢層で基準量をこえている。前項で、のベたように都市にみられる米ばなれ現象は、まだおこっていないと考えられる。魚介類については、女性の摂取量が全年齢を通じて高く、肉類は30才代がピークで年齢の上昇とともに低下するようである。卵類も30才代、40才代、50才代で、女性が基準量をうわまわっている。大豆製品は、いままでのたん白質食品とは逆に、年齢とともに摂取量が増す傾向にある。緑黄色野菜は全年齢を通じて下まわり、淡色野菜も全年齢を通じて、基準量をこえていた。海草類は、60才以上をのぞきほとんど基準量をうわまわっているが、これは徳島県の特産ともいえるわかめによるものであった。牛乳はすベての年齢を通じ、基準量を下まわっていた。
 ついで、栄養素摂取量を、所要量と比較した。たん白質、Caは全年齢を通じ、ほとんど充足されており、たん白質の充足率の高いことは、ほとんどすベてのたん白質食品が食べられているということと、一致している。Caの所要量をうわまわる理由は、牛乳が多く摂取されていないので、豆腐またはわかめなど海草類の摂取によるものと考えられる。Feは全年齢を通じ、男性が所要量を充足しているが、女性では50代をのぞき、やや下まわっていた。糖質エネルギー比、脂肪エネルギー比は、牟岐等でみられたような年齢差は、みられず、この地区の1つの特色といえよう。

  

  

  

  

  

  

  

 

謝 辞
八幡農協、市場農協、大俣農協の皆様の御協力に深く感謝の意を表します。
参考文献
1 井上博之ら(1976)郷土研究発表紀要22号
 159頁、阿波学会、徳島県立図書館
2 坂東玲芳ら(1976)郷土研究発表紀要22号
 178頁、阿波学会、徳島県立図書館
3 上田伸男ら(1976)郷土研究発表紀要22号
 191頁、阿波学会、徳島県立図書館
4 井上博之ら(1977)郷土研究発表紀要23号
 151頁、阿波学会、徳島県立図書館
5 加藤和市ら(1977)郷土研究発表紀要23号
 171頁、阿波学会、徳島県立図書館
6 岸野泰雄ら(1977)郷土研究発表紀要23号
 143頁、阿波学会、徳島県立図書館
7 井上博之ら(1978)郷土研究発表紀要24号
 105頁、阿波学会、徳島県立図書館
8 坂東玲芳ら(1978)郷土研究発表紀要24号
 119頁、阿波学会、徳島県立図書館
9 山本茂ら(1978)郷土研究発表紀要24号
 131頁、阿波学会、徳島県立図書館
10 辻啓介ら(1977)栄養学雑誌35巻159頁
11 厚生省公衆衛生局栄養課編(1978)「高血圧者の栄養指導」、日本栄養士会発行.第1出版
12 科学技術庁資源調査会・食糧部会編「三訂日本食品標準成分表」
13 山崎清子、島田キミエ(1975)「調理と理論」同文書院.東京
14 沼尻幸吉(1978)「エネルギー代謝計算の実際」第1出版.東京
15 Kritcheusky、D. P. eal al(1977)Am. J. Clin. Nutr. 30巻 979頁
16 Burkitt. D. P. eal al(1972)Lancet 2巻 408頁
17 国民栄養振興会編(1975)「日本人の栄養所要量と解説」第1出版.東京
18 徳島県厚生部 昭和51年「衛生統計年報」
19 成人病の疫学分布研究協議会 昭和53年 「市町村別循環器疾患死亡率の分布図−脳卒中・脳出血・虚血性心疾患」大和ヘルス財団


徳島県立図書館