1.はじめに 阿波学会の総合学術調査に、今回初めて日本野鳥の会徳島県支部が鳥類班として参加し本格的な調査を試みた。 上板町全域の鳥相を少しでも正確に把握するために、6カ所で夏、秋、冬三季の調査を行った。また、神宅の台山では日本野鳥の会徳島県支部の探鳥会が毎月行われており、この記録も参考にした。 今回は、春から初夏にかけての繁殖期の調査が行えなかったが、三季の鳥相変化と鳥類目録などで調査報告にかえる。
2.調査地区と調査方法 1)調査地区の選定:上板町は、北から大山(691m)を頂点とする低山帯、それに続く山麓、市街地、農耕地(乾田、畑作地帯)、大河川(吉野川)といった環境が展開している。これら様々に異なる環境における鳥相把握のため、図1のように町全体を14のメッシュに分け、そのうち第3、第4、第8、第11、第13、第14のメッシュを調査地区としてサンプリングした。
2)調査方法:調査開始が7月下旬であったため、多くの鳥類の繁殖最盛期である春から初夏にかけての調査は行えなかったが、7月末〜8月初、10月下旬、12月上旬の3季についてそれぞれの調査地区内での現地調査を実施した。調査には、最も一般的に行われているラインセンサス法(ロードサイドカウント法)を用いた。これは、調査地区の中に1kmの長さの調査コースを設定し(普通は2kmのコースが用いられることが多いが、今回の調査では調査地区面積の関係から1kmコースとした。)、このコースを歩き左右25m以内に出現する鳥類の種、個体数を記録する方法である。ただし、第13メッシュについては定点カウントを行い、調査対象地区も石井町を含む第十のセキ一帯とした。また、神宅の台山では5月以降毎月1回調査(探鳥会)を行った。
3.調査結果及び考察 1)それぞれの調査地区でのラインセンサスによる優占種と出現種数及び出現個体数の季節変化を図2、図3に示した。 ・ No.3区:大山寺を含むコースである。夏にはスズメが優占しているが、これは民家が近くにあるためと思われる。区外であるが、6月29日に大山頂上(標高690m付近)でスズメ3巣6羽が観察されている。標高450m〜600mの山林のコースで、スズメ、ホオジロ、キジバトが夏季に優占することは、森林破壊がかなり進んでいることを示している。 秋の調査でエナガの個体数が急増しているのは、エナガは秋冬季に群行動をし、その群れがコース内に出現したためである。 秋冬季に、エナガ、ヒヨドリ、メジロ、アオジ等が上位を占めるのは低山帯雑木林の典形的なタイプである。 ・ No.4区:泉谷川沿いのコースである。低山の二次林、あるいはさらにそれを開いた環境では、夏季、ホオジロ、ウグイス、ヒヨドリ、キジバト等が優占してくるが、ここでは顕著にその傾向が現れている。 秋冬期にも、ヒヨドリ、キジバト、ジョウビタキ、ホオジロ等、低山の雑木林の鳥が優占している。 なお、夏の調査で泉谷川でカワガラスが観察された。これは阿讃山脈では鳴門市大麻町西谷に次ぐ東端での記録である。繁殖の可能性もあると考えられるが、泉谷川は周囲の森林破壊等の影響で川底が荒れ、カワガラスの餌である水生昆虫が極めて少ないため生息には好適な環境とは言えない。
・ No.8区:人家密集地から山麓の雑木林にかけてのコースである。夏秋冬3季を通じて、スズメ、ツバメ、ムクドリ等人家に密着した生活をする鳥が優占している。しかし、平地の市街地から山麓の雑木林へと、コース内で環境の変化がみられるため、出現種数は山間部のNo.3、No.4の区よりもかえって多くなっている。 ・ No.11区:水田地帯のコース。3季ともスズメ、ツバメ、コサギ、ヒバリ、タシギ、ハシボソガラス等の水田地帯を代表する種が優占している。 ハシボソガラス、ムクドリは秋冬季に群行動をすることが多いが、秋、冬の調査でこの2種が優占種としてあがっているのは、いずれもコ−ス内に群れが出現したためである。 タシギは湿地や湿田で普通に越冬するが、上板町の水田は殆んどが乾田で、このコースも乾田畑作地帯にある。にもかかわらず、秋冬にタシギの個体数が多いのは、コース内に用水路がありここに多く生息するためで、水田全体に多く生息しているものではない。 ・ No.14区:吉野川北岸堤沿いのコース。夏季には平地の草地に多いセッカが優占している。秋季のコシアカツバメは南下途中の群れと思われる。冬季のユリカモメは吉野川を溯って来たものである。 2)第十における定点カウント結果(No.13区、図4、図5)ここでは石井町も一部含めた第十のセキ一帯を調査区としている。
夏季はカルガモ、イソシギが優占している。カルガモは、県内で繁殖する唯一のカモであるが、第十のセキ付近でも繁殖していると思われる。イソシギは県内では主に旅鳥であるが、ここで出現したものは秋の渡り(南下)のものと思われる。 秋季には、冬鳥として南下して来たカルガモ、マガモを中心にカモ類が急増する。 冬季は冬鳥のユリカモメが増加するが、一方カモ類は秋季に比べ種数、個体数ともに急減する。このカモ類の個体数の変化を図6に示した。
対照のために吉野川河口の変化も併記してあるが、11月15日の狩猟解禁と同時に第十のセキではカモ類は激減するのに、吉野川河口では個体数の減少は見られず、かえって増加する傾向にある。これは、第十のセキ一帯は猟区(いわゆる乱場)であり、吉野川河口は鳥獣保護区であるためである。上板町と石井町にまたがる第十のセキ一帯に保護区を設置すれば、県内有数のカモ類の越冬地になるはずである。 3)タカ類の秋の渡りについて タカ類の秋の渡りのコースを解明するために、9月下旬から10月中旬にかけて県内十数カ所で調査を行い、上板町でも神宅に調査地点を置いた。(図7、表1)
サシバを主としたタカ類の秋の渡りのコースは、大きく二つに分けて見ることができる。ひとつは蒲生田岬を中心とした県南部に入り剣山系を西へ進むコースである。もうひとつは、淡路島から鳴門海峡を経て阿讃山脈を西に進むコ−スである。鳴門経由のものは、鳴門から南へ下り、眉山、中津峰などを経て剣山系のコースヘ入るものもあるが、大部分がそのまま西へ進み、上板町を通過して阿讃山脈沿いのコ−スをとるようである。 4)特記すべき種について ・ ヨタカ ヨタカは、夏鳥として県内の山麓から標高1400m付近にかけて渡来し繁殖している。県内の繁殖記録は、1980年7月一宇村でヒナが発見された例があるが、今回の調査で7月28日、初めて巣と2卵が発見された。この巣卵は大山の標高550mの道路脇にあったもので親鳥が抱卵中であった。巣は巣材を殆んど用いず地面に直接産んであったが、卵は親鳥の体色と同じく保護色で、土や枯葉などにうまくとけ込んでいた。親鳥は人が近づくと巣から飛び立ち数メートル離れたところへ降りてうずくまり、親鳥の方へ近づこうとするとまた少し飛んでは地上に降りる「疑傷行動」をさかんに行うのが観察された。その後、巣から2卵ともなくなったが、ふ化してヒナが移動したものか、外敵に持ち去られたものか不明である。
・ ショウドウツバメ ショウドウツバメは北海道で繁殖し、本州以南では春秋に通過する旅鳥であるが、県内での過去の記録は極めて少なかった。しかし1980年10月には鳴門市、小松島市、鴨島町などで数十から200±の群れが観察され、上板町でも高志の水田地帯、第十のセキ付近で観察された。中でも第十のセキではコシアカツバメ30±とショウドウツバメ60±〜80±の混群が10月17日から10月28日まで見られた。過去極めてまれに、しかも数羽しか記録されなかったショウドウツバメが1980年の秋になぜこれだけの数が現れたのか、原因はわからない。
4 上板町鳥類目録(1979年12月〜1981年2月の間に記録されたもの)
カイツブリ目 Order
PODICIPEDIFORMES カイツブリ科 Family PODICIPITIDAE 1.カイツブリ Podiceps
ruficollis Little Grebe 2.ハジロカイツブリ Podiceps nigricollis Black-necked
Grebe, Eared Grebe 3.カンムリカイツブリ Podiceps cristatus Great Grested
Grebe
コウノトリ目 Order
CICONIIFORMES サギ科 Family ARDEIDAE 4.ゴイサギ Nycticorax
nycticorax Night Heron, Black-crowned Night Heron 5.ササゴイ Butorides
striatus Green-backed Heron 6.アマサギ Bubulcus ibis Cattle
Egret 7.ダイサギ Egretta alba Large Egret 8.コサギ Egretta garzetta Little
Egret 9.アオサギ Ardea cinerea Grey Heron
ガンカモ目 Order
ANSERIFORMES ガンカモ科 Family ANATIDAE 10.マガモ Anas
platyrhynchos Mallard 11.カルガモ Anas poecilorhyncha Spotbill
Duck 12.コガモ Anas crecca Teal 13.トモエガモ Anas formosa Baikal
Teal 14.ヨシガモ Anas falcata Falcated Teal 15.オカヨシガモ Anas
strepera Gadwall 16.ヒドリガモ Anas penelope Wigeon 17.アメリカヒドリ Anas
americana American Wigeon 18.オナガガモ Anas acuta Pintail 19.ハシビロガモ Anas
clypeata Shoveler 20.ホシハジロ Aythya ferina Pochard 21.キンクロハジロ Aythya
fuligula Tufted Duck 22.スズガモ Aythya marila Scaup, Greater
Scaup 23. ミコアイサ Mergus albellus Smew
ワシタカ目 Order
FALCONIFORMES ワシタカ科 Family ACCIPITRIDAE 24.ミサゴ Pandion
haliaetus Osprey 25.ハチクマ Pernis apivorus Honey Buzzard 26.トビ Milvus
migrans Black (or Black-eared) Kite 27.ノスリ Buteo
buteo Buzzard 28.サシバ Butastur indicus Gray-faced Buzzard-Eagle
ハヤブサ科 Family
FALCONIDAE 29.チョウゲンボウ Falco tinnunculus Kestrel
キジ目 Order
GALLIFORMES キジ科 Family PHASIANIDAE 30.ウズラ Coturnix
coturnix Common Quail 31.コジュケイ Bambusicola thoracica Bamboo
Partridge 32.キ ジ Phasianus coichicus Common Pheasant
チドリ目 Order
CHARADRIIFORMES タマシギ科 Family ROSTRATULIDAE 33.タマシギ Rostratula
benghalensis Painted Snipe
チドリ科 Family
CHARADRIIDAE 34.コチドリ Charadrius dubius Little Ringed
Plover 35.イカルチドリ Charadrius placidus Long-billed Ringed
Plover 36.シロチドリ Charadrius alexandrinus Kentish Plover
シギ科 Family
SCOLOPACIDAE 37.キョウジョシギ Arenaria
interpres Turnstone 38.トウネン Calidris ruficollis Red-necked
Stint 39.ハマシギ Calidris alpina Dunlin 40.エリマキシギ Philomachus
pugnax Ruff 41.アオアシシギ Tringa nebularia Greenshank 42.クサシギ Tringa
ochropus Green Sandpiper 43.タカブシギ Tringa glareola Wood
Sandpiper 44.キアシシギ Tringa brevipes Asian Wandering
Tattler 45.イソシギ Tringa hypoleucos Common Sandpiper 46.タシギ Gallinago
gallinago Common Snipe
カモメ科 Family
LARIDAE 47.ユリカモメ Larus ridibundus Black-headed Gull 48.セグロカモメ Larus
argentatus Herring Gull 49.カモメ Larus canus Common Gull, Mew
Gull 50.コアジサシ Sterna albifrons Little Tern
ハト目 Order
COLUMBIFORMES ハト科 Family COLUMBIDAE 51.キジバト Streptopelia
orientalis Rufous Turtle Dove 52.アオバト Sphenurus sieboldii Japanese
Green Pigeon
ホトトギス目 Order
CUCULIFORMES ホトトギス科 Family CUCULIDAE 53.ホトトギス Cucutus
poliocephalus Little Cuckoo
フクロウ目 Order
STRIGIFORMES フクロウ科 Family STRIGIDAE 54.アオバズク Ninox
scutulata Brown Hawk Owl
ヨタカ目 Order
CAPRIMULGIFORMES ヨタカ科 Family CAPRIMULGIDAE 55.ヨタカ Caprimulgus
indicus Jungle Nightiar
アマツバメ目 Order
APODIFORMES アマツバメ科 Family APODIDAE 56.ハリオアマツバメ Chaetura
caudacuta White-throated Needle-tailed Swift 57.ヒメアマツバメ Apus
affinis House Swift 58.アマツバメ Apus pacificus White-rumped Swift
ブツポウソウ目 Order
CORACIIFORMES カワセミ科 Family ALCEDINIDAE 59.カワセミ Alcedo
atthis Kingfisher
キツツキ目 Order
PICIFORMES キツツキ科 Family PICIDAE 60.アオゲラ Picus awokera Japanese
Green Woodpecker 61.コゲラ Dendrocopos kizuki Japanese Pygmy
Woodpecker
スズメ目 Order
PASSERIFORMES ヒバリ科 Family ALAUDIDAE 62.ヒバリ Alauda
arvensis Skylark
ツバメ科 Family
HIRUNDINIDAE 63.ショウドウツバメ Riparia riparia Sand Martin 64.ツバメ Hirundo
rustica House Swallow 65.コシアカツバメ Hirundo daurica Red-rumped
Swallow 66.イワツバメ Delichon urbica House Martin
セキレイ科 Family
MOTACILIDAE 67.キセキレイ Motacilla cinerea Grey
Wagtail 68.ハクセキレイ Motacilla alba White Wagtail 69.セグロセキレイ Motacilla
grandis Japanese Wagtail 70.ビンズイ Anthus hodgsoni Olive-backed
Pipit 71.タヒバリ Anthus spinoletta Water Pipit
サンショウクイ科 Family
CAMPEPHAGIDAE 72.サンショウクイ Pericrocotus divaricatus Ashy Minivet
ヒヨドリ科 Family
PYCNONOTIDAE 73.ヒヨドリ Hypsipetes amaurotis Brown-eared Bulbul
モズ科 Family
LANIIDAE 74.モズ Lanius bucephalus Bull-headed Shrike
カワガラス科 Family
CINCLIDAE 75.カワガラス Cinclus pallasii Brown Dipper
ミソサザイ科 Family
TROGLODYTIDAE 76.ミソサザイ Troglodytes troglodytes Wren
ヒタキ科 Family
MUSCICAPIDAE ツグミ亜科 Subfamily TURDINAE 77.ルリビタキ Tarsiger
cyanurus Siberian Bluechat 78.ジョウビタキ Phoenicurus auroreus Daurian
Redstart 79.ノビタキ Saxicola torquata Stonechat 80.トラツグミ Turdus
dauma White's Ground Thrush 81.クロツグミ Turdus cardis Grey
Thrush 82.アカハラ Turdus chrysolaus Brown Thrush 83.シロハラ Turdus
pallidus Pale Thrush 84.ツグミ Turdus naumanni Dusky Thrush
ウグイス亜科 Subfamily
SYLVIINAE 85.ヤブサメ Cettia squameiceps Short-tailed Bush
Warbler 86.ウグイス Cettia diphone Bush Warbler 87.オオヨシキリ Acrocephalus
arundinaceus Great Reed Warbler 88.センダイムシクイ Phylloscopus
occipitalis Crowned Willow Warbler 89.キクイタダキ Regulus
regulus Goldcrest 90.セッカ Cisticola juncidis Fan-tailed Warbler
ヒタキ亜科 Subfamily
MUSCICAPINAE 91.オオルリ Cyanoptila cyanomelana Blue-and-white
Flycatcher 92.コサメビタキ Muscicapa latirostris Brown Flycatcher
カササギヒタキ亜科 Subfamily
MONARCHINAE 93.サンコウチョウ Terpsiphone atrocaudata Black Paradise
Flycatcher
エナガ科 Family
AEGITHALIDAE 94.エナガ Aegithalos caudatus Long-tailed Tit
シジュウカラ科 Family
PARIDAE 95.ヤマガラ Parus varius Varied Tit 96.シジュウカラ Parus major Great
Tit
メジロ科 Family
ZOSTEROPIDAE 97.メジロ Zosterops japonica Japanese White-eye
ホオメジロ科 Family
EMBERIZIDAE 98.ホオジロ Emberiza cioides Siberian Meadow
Bunting 99.カシラダカ Emberiza rustica Rustic
Bunting 100.ミヤマホオジロ Emberiza elegans Yellow-throated
Bunting 101.アオジ Emberiza spodocephala Black-faced
Bunting 102.クロジ Emberiza variabilis Grey Bunting
アトリ科 Family
FRINGILLIDAE 103.カワラヒワ Carduelis sinica Oriental
Greenfinch 104.マヒワ Carduelis spinus Siskin 105.ウソ Pyrrhula
pyrrhula Bullfinch 106.コイカル Eophona migratoria Chinese
Grosbeak 107.イカル Eophona personata Japanese
Grosbeak 108.シメ Coccothraustes coccothraustes Hawfinch
ハタオリドリ科 Family
PLOCEIDAE 109.スズメ Passer montanus Tree Sparrow
ムクドリ科 Family
STURNIDAE 110.コムクドリ Sturnus philippensis Red-cheeked
Myna 111.ムクドリ Sturnus cineraceus Grey Starling
カラス科 Family
CORVIDAE 112.カケス Garrulus glandarius Jay 113.ハシボソガラス Corvus
corone Carrion Crow 114.ハシブトガラス Corvus macrorhynchos Jungle
Crow |