阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第27号
上板町住民の栄養調査

医学班 

   高間重幸・森口覚・黒田耕司
   幸下雅俊・近藤孝司・生地昭子
   植村昭子・河北康代・黒田理子
   角田みどり・山下ひろみ・岸野泰雄 
 

 我々医学班は阿波学会総合学術調査の一環として、農村医学班の調査と並行して、上板町住民の栄養調査を実施した。
 上板町は四国三郎と異名をもつ吉野川下流の北岸に位置し、“眉のごと雲居に見ゆる阿波の山 かけてこぐ舟とまりしらずも”と万葉集にも歌われた眉山を南に望み、北は阿讃山脈を隔てて香川県に接する。米を中心とした農業で、園芸、畜産、果樹などの複合経営農家も多い。
 今回は食事調査とアンケートによる食習慣調査に加えて、みそ汁の塩分濃度を測定し、興味深い結果を得たので報告する。

 〈調査方法〉
1)対 象
 徳島県板野郡上板町の3農協(高志、大山、松島)に加入している農業従事者のうち、男103名、女100名、計203名に対して栄養調査を実施した。年令は男女とも20〜70才(男平均46.3才、女平均47.2才)であった。
2)期 間
 昭和55年8月5日から8月8日までの4日間にわたって実施した。
3)項 目
 a)食事調査
 食事調査日の数日前に食事調査表を各自に配布し、調査日前日の24時間中に摂取した食物の種類と目安量を記入してもらい、調査日に持参するよう依頼した。調査日には個々の面接により食品モデルを提示し、各自が記入した食品目安量を調査員が再確認した上でグラム数に換算した。栄養摂取量および食品群別摂取量などの算定には、国民生活センター(東京都港区高輪3丁目13の22)の電子計算機を使用した。
 b)食習慣調査
 食習慣判定のためのアンケート用紙を各自に配布し、記入を依頼した。また面接時に調査員が不明瞭な点を再確認した上で食習慣判定を行った。
 c)みそ汁中の塩分濃度の測定
 みそ汁をいれるための容器を配布し、調査日に摂取したみそ汁を持参してもらい、全研社製の食塩濃度計で塩分濃度を測定した。
 〈調査結果〉
 対象者の大部分は農業従事者で、年令30〜60才の間に分布していた。
1)上板町住民の食糧構成および栄養摂取量(図1〜2)
 昭和51年度国民栄養調査における食糧構成結果を100%として比較すると、穀類は男、女とも高く、また蛋白質食品では肉類、豆・大豆類が高くなっているが、魚介類、卵類は低い摂取量を示した。淡色野菜、海草類は充分に摂取されていた。それに反し、油脂類、いも類、果実類は低い値を示した。特に油脂類は低い値を示しており注目された。過去に調査してきた県内の他の地域と同様に海草類の摂取量が多いのは、産地に近いこともあり、徳島県の特産品の一つであるワカメをみそ汁、酢物などに入れるといった食習慣の影響を受けているためであろうと思われる。牛乳の摂取量は基準量より低くなっているのに対して乳製品が高いのは、調査時期が夏であり、アイスクリームなどを多く摂取したためと思われる。次に各種栄養摂取量を栄養所要量と比較したところ、調査期間が年間を通じて最も暑く、食欲の低下しやすい夏季であったためか、熱量は所要量にくらべやや低く、蛋白質特に動物性蛋白質は所要量をうわまわっていた。しかし、動物性脂肪は摂取脂肪量の低さにともなって少なくなっていた。カルシウム、鉄などの無機質については、男では所要量を充足していたが、女では鉄の摂取量がやや不足気味であった。ビタミンA、B1、B2は男、女とも所要量を下まわっているが、ビタミンCは充足されていた。糖質エネルギー比および脂肪エネルギー比は総熱量に対して比較的よくバランスがとれている。しかし、穀類、蛋白質が基準量に比べて高い値を示しているにもかかわらず、熱量が所要量より低くなっているのは、油脂類の摂取が低いためであろうと思われる。
2)年令別にみた栄養摂取量(図3〜9)
 熱量は各年令とも平均して所要量を下まわっていた。蛋白質は高年令になるにつれて摂取量が減少する傾向があり、60才以上では所要量を下まわっていた。動物性蛋白質でも同様の結果がみられたが、特に60才以上の男において低い値を示した。脂肪は男、女において各年令ともやや低い値を示し、特に30才代と60才代以上にその傾向が強かった。動物性脂肪についても同様の傾向がみられた。カルシウムは牛乳の摂取量が低いにもかかわらず、全年令を通じて所要量をほぼ充足していたが、ワカメなどの海草類、豆腐などによるものであろうと考察した。鉄は全年令を通じて男では所要量より高い値を、女では低い値を示しており、鉄分の摂取不足が女性の貧血の原因の一つになっているものとも考えられ、今後の栄養指導を行う際に注目しなければならない。ビタミンA、B1 B2は全般に低い値を示しており、今まで調査してきた他の地域と同様な傾向を示した。ビタミンCは全般に比較的よく摂取されていた。糖質エネルギー比は全年令で所要量を充足しており、年令がすすむにつれて高くなっていた。脂肪エネルギー比はほぼ所要量に達していた。
3)年令別にみた食品構成(図10〜16)
 穀類摂取量は全年令で基準量をうわまわっており、砂糖・菓子類は60才以上を除いて低い値を示した。油脂類は全年令で男、女とも基準量より低く、熱量をふやすためにも栄養指導による食事の改善が必要とされる。魚介類は年令とともに摂取量が減少する傾向を示した。肉類は高年令になるにつれて低くなり、また卵類も年令とともに低下の傾向にあった。逆に豆・大豆類では年令が高くなるにつれ増加する傾向を示した。このことから総蛋白質量に対して若い年令では肉類などによる動物性蛋白質の占める割合が高く、一方高年令者では豆・大豆類などの植物性蛋白質の占める割合の高いことが推察される。これは動物性蛋白質が高年令になるにつれて減少する傾向と一致している。緑黄色野菜は一般に低い値を示したが、それに反し、淡色野菜は全般に基準量の2〜3倍という高い摂取傾向を示した。これは大根、ナス、キュウリなどの漬物その他の摂取によるものであるとともに、ややもすると果実であると思われがちなスイカやトマトの摂取頻度が多いためであろう。いも類、果実類は基準量に達していなかった。それに反し、海草類は基準量をうわまわっていた。牛乳は全年令層で基準量に達しておらず、60才以上は特に低くなっていた。これはジュース コーラ、麦茶などの嗜好飲料の摂取により牛乳の摂取量が低くなっているとも考えられ、今後栄養学的にもバランスのとれた牛乳の摂取量をふやしていくように指導する必要があろう。
4)食習慣およびみそ汁の塩分濃度(図17〜19)
 食習慣については表1に示すようなアンケート調査をし、解答を点数化した上でA(16〜20点)、B(11〜15点)、C(6〜10点)、D(0〜5点)の4段階に分け食習慣を判定した。各地区とも11〜15点のBランクの者が最も多くみられた。性別では男、女ともほぼ同じ傾向がみられた。みそ汁中の塩分濃度についてみると、いずれの地区も1.0%を中心としたみそ汁を摂取している場合が多く、一般にいわれている食塩濃度(1.0%)とほぼ一致していた。しかし、図19に示すように少数ではあるが、かなり高濃度の塩分を含むみそ汁をとっている例もあり、個別に栄養指導する必要があろう。

 〈考察およびまとめ〉
 今回の調査は8月5日から8日までの4日間で1年を通じて最も暑く、食欲の低下しやすい時期に行ったものであった。一般に熱量は穀類よりとっていたが、所要量よりも低くなっていた。ここでは大部分の者が農業に従事しているので、労作強度により付加熱量を考慮すると、さらに低い値を示すものと思われる。しかし、糖質エネルギー比と脂肪エネルギー比は全般に総熱量に対してうまくバランスがとれていた。蛋白質は全般に所要量をみたし、若年者では肉類などによる動物性蛋白質に、高年令者では豆・大豆類を中心とした植物性蛋白質に依存していると思われる。ビタミンCを除いた他のビタミン類や女の鉄の摂取不足はすでに調査してきた徳島県下の他の地域でみられる結果とほぼ同じ傾向を示していた。これらを改善するには、ビタミンAの補給についてはピーマン、大根葉、にら、にんじん、カボチャなどの緑黄色野菜の摂取の量および機会をふやすように努めることが必要であり、ビタミンB1、B2については強化米などの使用も必要であろう。
 次に、みそ汁中の塩分濃度とアンケート調査でのみそ汁の塩幸さに対する感覚との関係では男に比べて女のほうが実際の塩分濃度よりも薄味だと感じている人が多いという傾向があり、日常、家庭の調理にあずかる主婦の立場からも十分注意しなければならない。塩分摂取と疾病、特に脳卒中などと関連が注目されている現在、みそ汁による塩分摂取の意義を十分考慮する必要があろう。

 文 献
1  厚生省公衆衛生局栄養課編;国民栄養の現状(昭和51年国民栄養調査成績)、第一出版、1979
2  森口 覚、岸野泰雄、小野田博一;栄養と食糧、33、355、1980
3  手塚朋道ら;脇町地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、19、57、1973
4  高橋俊美ら;宍喰地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、20、73、1974
5  中西晴美ら;上勝町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、21、103、1975
6  上田伸男ら;神山町の栄養調査、郷土研究発表会紀要、22、191、1976
7  鈴木和彦ら;牟岐町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、23、143、1977
8  山本茂ら;山城町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、24、131、1978
9  鈴木和彦ら;市場町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、25、123、1979
10  森口 覚ら;池田町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、26、183、1980

 

図・表


徳島県立図書館