阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第27号
上板町における農業従事者の健康状態

農村医学班

   右見正夫・今川大仁・矢木文和
   清水正樹・水口潤・宮恵子
   吉田勝利・藤川敦・井上博之
   蔭山哲夫・渋谷啓治・林まゆみ
   北詰恒子・板東博信・遠藤博久 
  

はじめに
 農村医学研究班として阿波学会の学術調査に参加するのは、昭和50年の神山町(1)、51年の牟岐町(2)、52年の山城町(3)、53年の市場町(4)、54年の池田町(5)、についで、今年(55年)の調査が第6回目である。
 今回、上板町における農業従事者の健康調査を行うことは、前回までになされた諸地域、とりわけ本町と同じく吉野川北岸の純農村地帯に位置する市場町住民のそれと比べて差異を見出せることができるか否かに興味が持たれるところであり、55年8月5日から4日間、高志、松島、大山農協においてこの調査を実施した。
 

〈調査対象者ならびに方法〉
 調査対象者は、表1に示したように農業従事者201名(男101名、女100名)で、年令別内訳では男女とも40才代、50才代が大半を占め、平均年令もそれぞれ47才であった。   
 検診内容は、問診と内科的診察のほか、検尿、胸部・胃部レントゲン線検査、心電図検査、肺機能検査そして血液化学検査である。血液化学検査項目とそれぞれの測定方法、正常値を表2に示した。なお、今回の検診では、今までの阿波学会健康調査で施行されなかった Flow-Volume 曲線肺機能検査とγ-GTP 側定も同時に施行した。

  

 

〈診察概要〉
1.既往歴
 受診者201名について聴取した既往歴では、胃・十二指腸潰瘍(19例)、高血圧(13例)、肝炎(9例)、腎炎(9例)、貧血(8例)、心臓病(7例)、糖尿病(4例)の順に多くみられた。
2.家族歴
  家族歴では、脳卒中(54例)、癌(36例)、高血圧(27例)、糖尿病(22例)、ついで心臓病、胃・十二指腸潰瘍、肝臓病の順に多くみられた。家族歴では脳卒中についで癌が多くみられたが、これは我国の死亡原因疾患順と同じくするところである。
3.理学的所見
  診察時にみられた理学的異常所見を多い順に表3に示した。


  このうち、肝臓疾患と関係のあるクモ状血管腫(9例)と肝腫大(6例)を認める男性の多いのが目立った。なお、クモ状血管腫を認めた4例と、肝腫大の3例に肝トランスアミナーゼ値の上昇が認められた。このほか、心雑音を聴取した1例は大動脈弁狭窄が疑われ、甲状腺腫を認めた1例は甲状腺機能亢進症であった。
○ 血圧について
 血圧測定の結果をWHOの基準に従って分類して表4に示し、他地域における血圧異常者率と比較提示した。


  既往歴の調査で高血圧者は13例であったが、血圧測定の結果では高血圧者が201名中17例(8.5%)で、性別でみると男101名中11例(10.9%)、女100名中6例(6.0%)と男性に多く認められた。一方、境界域高血圧者は男8例(7.9%)に対し女15例(15.0%)と女性に多く認められた。
  この結果を他地域と比較すると、上板町の境界域高血圧者を含めた血圧異常者は20.0%で池田町(26.6%)、山城町(24.6%)の山村農村よりやや少なく、市場町(19.3%)とほぼ同率であった。しかし市場町とは逆に、高血圧者は男性に多く境界域高血圧者は女性に多い傾向が認められた。
○ 肥満について
  身長と体重を実測しえた201名について(身長−100)×0.9の標準体重と実測体重を比べ、肥満度を計算した結果を表5にまとめた。


  +20%以上を肥満とする一般的な判定に従うと、肥満者は計21名、10.4%であった。
  肥満者率の結果を他地域と比べたのが表6である。


  上板町と同じ平野部農村である市場町においては女性肥満者が多く認められたが,上板町では山村農村の池田町とほぼ同程度に少なく、男女差はなかった。
 

〈諸検査概要〉
1.尿
 ウロ・ヘマコンビスティックス(マイルス・三共K.K.製)を用い尿蛋白、尿糖を調べた。
 尿蛋白陽性30mg/dl(+)は男9例、女7例、計16例(8.0%)の多くに認められた。このうち1名は尿糖(+)陽性で、女性3名は生理中であった。なお、尿蛋白陽性者の血中BUN値は全例が正常範囲であった。
2.血色素量
 血色素量の性別、年代別平均値と貧血者数を表7に示した。男は血色素量12.9g/dl以下、女は10.9g/dl以下を貧血者とした。


 血色素量平均値は、従来の調査結果と大差なく30才代、40才代の女性の平均値が12.1g/dl、12.6g/dlと低い傾向がみられた。
 今回の貧血者数を市場町の調査と比較すると、男性貧血者は市場町の8例に対し1例だけと著しく少なく、女性貧血者も市場町の14例に比べ11例と少ない成績であった。
3.血清総蛋白量
 血清総蛋白量の平均値は男性が7.35g/dl、女性が7.34g/dlであり、血清総蛋白量6.4g/dl以下の異常者は男性3例とわずかであった。
4.肝テスト
 先に表わした方法で測定したGOT、GPT、ALP、γ-GTP の平均値と異常者数を表8に示し、同時に過去の調査と比較提示した。


 この成績で注目すべきは、肝トランスアミナーゼ値の上昇が男9例、女5例、計14例の多数に認められたことである。既往に肝臓病を指摘されていたのは5例にすぎず、他は今回の検診で初めて異常を見出された。なお、14例中4例は酒2合/日以上の飲酒者であった。
 γ-GTP は今回の調査で初めて測定したが、男12例、女1例に異常者を認め、そのほとんどが男性であった。異常者13例中8例までが酒2合/日以上の飲酒者で、北村(6)が指摘しているごとく飲酒との関連が強く示唆された。
 B型肝炎抗原(HBs抗原)陽性者は3例(40才男、40才男、54才男)であった。2例に肝炎や肝臓癌の家族歴を認めたが、全例に肝臓病の既往がなく、しかも肝テスト値も正常範囲であったことからhealthy carrier といえよう。
5.血清脂質(血清コレステロール、トリグリセライド)
 血清総コレステロール、血清トリグリセライドの性別平均値と異常者率を他地域の成績と比較して表9に示した。血清コレステロール値は230mg/dl以上を、トリグリセライド値は150mg/dl以上を異常と判定した。


 血清総コレステロール平均値は男174.2mg/dl、女186.2mg/dlと女性が高く、トリグリセライド平均値は男115.4mg/dl、女94.9mg/dlと逆に男性が高かった。血清総コレステロールの異常者率は男16.8%、女25.0%と過去の牟岐町、山城町、池田町の結果に比べて高く、市場町と同様に異常者が高率であった。トリグリセライドの異常者率も男29.7%、女15.0%とやはり市場町と同様に高率であり、特に男性の異常者が目立った。ただ、血清総コレステロ−ル異常者の値は230〜318mg/dl、トリグリセライド異常者の値も4例を除き300mg/dl以下の軽度の上昇にとどまっており、上板町農業従事者の栄養摂取状況が良好であることを示しているものと考えられる。また、トリグリセライド上昇を認めた男性30例のうち酒2合/日以上の飲酒者が12例の多くに認められており、以上の結果には飲酒習慣の関与も考慮する必要がある。
6.コリンエステラーゼ
 血清コリンエステラーゼ活性値の性別平均値を過去の調査結果と合わせ表10に示した。


 男女の平均値は5.93U/ml、5.37U/mlであり、2.8U/ml以下の低値を示すものは3例にすぎなかった。うち1名に血性総蛋白量低値を、1例に肝トランスアミナーゼの上昇が認められた。
7.血清尿素窒素
 血清尿素窒素の性別平均値、ならびに要再検者数は表11のごとくで、要再検者は3例にみられたが、その値はいづれも22mg/dl以下の軽度の上昇であり、3例とも尿蛋白は陰性であった。


8.空腹時血糖
 空腹時血糖値の性別平均値ならびに血糖値110mg/dl以上を異常と判定した血糖値異常者数を表12に示した。


 血糖異常者は8例であったが、このうち男性3例は誤って朝食を摂取していた。52才の女性1例は尿糖も陽性であり糖尿病と診断され経口糖尿病剤の内服を続けていた。残り4例に50g糖負荷試験を行ったところ、2例に糖尿病型曲線が認められた。
9.レントゲン検査
 胸部レ線検査受診者194名のうちで17例に異常所見を認めた。その内容は陳旧性肺結核5例、気管支炎・肺気腫5例、胸膜肥厚2例、心拡人5例であった。
 胃透視検査では受診者180名のうち胃十二指腸潰瘍の疑い10例、癌の疑い1例でこのほか胃炎の所見が3例に認められた。
10.心電図検査
 表13は180名の心電図所見をまとめたものである。異常所見を認められたのは27例で、このうち軽度のST低下を含めた虚血性変化が最も多く10例であった。全例40才代で、しかも7例までが女性であった。


11.肺機能検査
 末梢気道の閉寒性障害を検査する目的で、男100名(19才から66才)、女100名(30才から70才)につき最大努力呼出時の Flow-Volume 曲線を描かせ、FVC10、■50/■25,■25/身長を測定した。測定機械は層流式流量計を内臓した肺機能自動解析装置(CSA-1000、フクダ電子製)を用い、検診時間の制約から1回のみ測定した。


 測定結果を佐々木ら(7)らの年代別正常値と比較して異常者を決定し、表14にFVC10、■50/■25、■25/身長の異常者率を喫煙者群と非喫煙者群に分けて示した。
 結果は表のごとく、各測定値とも異常者率が著しく高く、喫煙者群と非喫煙者群との間にも明らかな差はみられなかった。
 Flow-Volume 曲線は、肺気腫、慢性気管支炎などの閉寒性肺疾患の早期発見に有用であるとされ、検診においても積極的に取り入れる必要がある。しかし今回施行したような1回きりの測定では、信頼性に乏しい成績しか得られなかった。岩田ら(8)の報告のごとく、1人につき3回以上の測定が必要と考えられるが、測定方法をさらに検討し実際の検診にも導入できるよう努力したい。

 

〈まとめ〉
 阿波学会学術調査に参加し、上板町における19才から70才(平均年令47才)までの農業従事者201名(男101名、女100名)について健康調査を行った。
 上板町農業従事者の健康調査の結果を概論的に言えば、高血圧、肥満者が少なく、しかも血色素、血清総蛋白質、脂質、コリンエステラーゼよりみた栄養状態もおおむね良好であり、概して健康状態は良好であるといえる。ただ、肝トランスアミナーゼ異常者が多かった点が問題点としてあげられよう。
 今回の健康調査を施行するにあたり、上板町と同じく吉野川北岸の純農村地帯に位置する市場町の調査成績と差異が見出せるかどうかに興味が持たれた。両地域とも高血圧者が他地域よりも少なく、また血中脂質異常者が多くみられる点では一致したが、他方、両地域の調査成績の差は予想外に大きく、上板町においては市場町に比べて肥満者がはるかに少なく、血色素や血清総蛋白質異常者も低率であり、逆に市場町農業従事者の栄養状態に問題のあることが示唆された。
 肝トランスアミナーゼ異常者が多かった成績は上板町地域特有の現象である可能性もあり、今後さらに同地域における広範な調査が必要と思われる。

 

文 献
1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について。郷土研究発表会紀要、22:159,1976
2)加藤和市ら:牟岐町における農漁業従事者の健康調査。郷土研究発表会紀要、23:151,1977
3)坂東玲芳ら:山城町の農家と農民の健康状態。郷土研究発表会紀要、24:105,1978
4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態。郷土研究発表会紀要、25:139,1979
5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について。郷土研究発表会紀要、26:195,1980
6)北村元仕:正常値とはなにか。日本臨床、38:484,1980
7)佐々木考夫ら:肺機能検査、17:27,1970
8)岩田文英ら:農村における呼吸器検診とフロー・ボリウム曲線、日本農村医学会雑誌、28:603,1979


徳島県立図書館