阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第27号
上板町の方言

言語班 川島信夫・森重幸・金沢浩生

1 はじめに
 上板町は徳島市の眉山を指呼の間に望む一続きの平地に位置している。そのため古くから徳島の影響を強く受けており、言語現象においても、アクセント、音韻、語彙(ごい)、語法とも徳島市と殆ど変わるところがない。
 また町内の旧3町村の各地間についても他の町村のような差異は見られない。
 そこで今回の調査に当たっては本町の言葉が県内、さらには全国の他の地方の言葉に対してどんな位置にあるかという視点に立って調査を行った。
 県内での比較は、従来の阿波学会でのものや、その他の独自で行った調査をもとにし、全国的な比較は、国立国語研究所の「日本言語地図」によった。

 

2 調査の方法
 はじめ自然傍受法によって録音をとったが徳島市と大差ないことが確認されたので、質問法を採用した。
 質問法は、まず日本言語地図の質問表から本県に問題のありそうな112項目を選び、次に従来の調査から上板町に問題点をもつ10問に絞った質問とした。質間の対象は60歳以上で生えぬきの男子を主として行った。
 アクセントは、文字板に書いた単語を読んでもらうという従来からの方法をとったものである。

 

3 質問表
 紙面の都合から全部を載せることが出来ないので、比較的特徴のあるものだけに限って記したい。
(1)次のカードを読んで下さい。
 a(一音節名詞)
「蚊が」「子が」「血が」「名が」「葉が」「日が」「絵が」「尾が」「木が」
 b(二音節名詞第3類)
「山が」「泡が」「池が」「色が」「腕が」「皮が」「草が」「雲が」「倉が」「事が」「馬が」「犬が」「年が」「耳が」「波が」
(2)*こういう虫をなんと言いますか。前足が草を刈る鎌に以ています。おこるとそれを振り立てて向かってきます。色は緑とか茶色など。(カマキリ)
(3)*これを何と言いますか。からを背負ってのろのろはって歩きます。夏、ことに雨の頃多く見かけます。(カタツムリ)
(4)*これは何と言いますか。体が大きくてのろのろしています。背中は茶色腹は白くて黒い紋があります。(ヒキガエル)
(5)*これを何といいますか。(舌)
(6)汁(おつゆ)などを作ったとき塩の味の足りないのを言うのに、汁(おつゆ)の味がどんなだと言いますか。(ウスイ)
(7)*足のこの辺のことを何と言いますか。(カカト)
(8)*女の子の遊びです。何という遊びですか。この子供は何をして遊んでいると言いますか。(お手玉)
(9)太陽を見るとあまり明るいので目をあけていられないような感じがします。その感じをどんなだと言いますか。(マブシイ)
(10)*こういう芋を何と言いますか。夏の初めと秋と一年に二度とれます。(ジャガイモ)
(11)*これは何と言いますか。秋の終わりに取り入れます。茎は蔓になって地面に広がります。(サツマイモ)
(12)*これを何と言いますか。夏の終わり頃取れます。薄緑色の皮があって赤い毛の房がついています。(トウモロコシ)
(13)黒板に字を「きれいに書いてある」と言うとき、普通にはどんな言い方をしますか。(きれいにカイチャール)
(14)物を紛失したとき何と言いますか。(ノーナカス)

 

4 調査結果の考察
(1)アクセント
 アクセントは、その土地に生まれて10歳ぐらいまでに覚えこむものであり、覚えこんだものは、特別に努力しないと変わらないものである。時代の変遷で少しずつは変化しているがその速度は世紀を単位とする程度とされ、方言研究上重要な要素である。上板町のアクセントは現在徳島市と同じようである。その一例として次の二つを挙げてみる。

*印のものは絵を示すものをさす。

a 一音節名詞、徳島市と同じである。一、二、三類それぞれ3語ずつ挙げたが皆同じ型となる。(第1図)


b 二音節名詞第3類、これには第5類まで五つの種類があるが、特徴を示すのは第3類であり、これも徳島と同じグループに入るものである。(第2図)


(2)カマキリ
 標準語のカマキリだけになっているが、「チョーナカタギ」とも言っていたという一例を聞くことができた。
(3)カタツムリ
 「デンデンムシ」ばかりであった。柳田国男の「蝸牛考」によると、カタツムリの呼び名は古い順に並べるとAナメクジ系、Bツブリ系、Cカタツムリ系、Cマイマイ系、Dデデムシ系となる。そして最も新しい呼び名のデデムシ系が京都を中心とした近くの圏内であるという。上板はその圏内となるわけである。(第3図)


(4)ヒキガエル
 「カサゴータ」が最も多く「オンビキ」「ガマ」「ヒノヨージン」が1例ずつあった。
 県下のヒキガエルの呼び名は大きく七種の系統がある。その1は座って待つ姿勢から連想したマツ系(マツゴト、ゴトマツなど)。その2は貴人に仕える侍のように侍(さぶろう)からきたサブロー系(サブロー、ゴトサブローなど)。その3はあばたからお岩の連想でオイワ系(オイワゴート、オンバゴートなど)。その4はヤマブシ系(ヤマブシ、ヤキチなど)。その5ヒノバン系(ヒノバン、ヒノヨージンなど)。その6ゴト系(ゴトンビキ、カサゴートなど)。その7ヒキ系その他(オンビキ、オンビキゴート、ガマなど)である。(第4図)


(5)舌
 「ベロ」「ベーロ」「ベー」であった。
 ベロ、べーロは、関東、西中国、東九州、北四国と全国的に広い範囲の方言である。県下では、吉野川流域から北方が主で上板も当然その圏内となる。南方から高知県は大体「ベラ」である。べーは上板付近と県南に一部あるが、県外には宮崎に一か所見られるだけで言語地図でみた限りは非常に特異な表現である。「シタ」は改まった表現で方言としては近畿、東北、西九州等に広く行われている。
(6)汁がウスイ
 「アマイ」「ミズクサイ」で「ダスイ」も聞くという。
 第5図ではミズクサイの範囲になっているが、アマイも多く使われる。これは北四国から中国に勢力のある表現である。なお上板では聞けなかったが「マタイ」は言語地図によると全国でも本県のこの2例だけの特異なものである。


(7)カカト
 「キビス」だけであった。
 これは第6図と一致する。古くは「キリブサ」が全県をおおっており、ついで「キビス」がはいり、やがて最も新しい「カカト」に代わっていくものと思われる。


(8)オテダマ
 「オジャミ」だけ。
 西日本に広く分布する方言であるが四国では愛媛を除く3県で強い勢力をもっている。県下では「イシナゴ」という地域も少しある。
(9)マブシイ
 「アマバイ」の地域で「アバイイ」が一例あった。
 県下では最も特徴的な表現で、言語地図では、ここと大麻町だけである。周辺の地点は「アマバイ」で、さらに遠くは「アババイ」または「アババイー」である。
(10)ジャガイモ
 「ゴーシイモ」「ゴーシューイモ」「カライモ」などがあった。
 ゴーシューイモは江州芋かと思われるが、他県では見られない表現である。カライモは普通甘藷をさすが、兵庫県の西南部には馬鈴薯をさす地域も見られるのである。
(11)サツマイモ
 「リューキイモ」「カライモ」「ボケイモ」など。
 県下全般と同じであるが、リューキイモの方は、本県と愛媛や広島、山口に多く、カライモは高知や、九州とより唐(から)に近い所に分布しているのがおもしろい。
(12)トウモロコシ
 「ナンバ」だけである。
 ナンバは近畿全域と岡山までが主の方言で県下では徳島を中心とする地域である。県南は「キビ」県西は「トーキビ」が多いようである。(第7図)


(13)書いチャール
 第8図のように上板付近から西部にかけての特徴的な表現である。


(14)ノーナカス
 全県的には「ノーニスル」「ナイヨーニスル」「ウシナウ」であるが、ノーナカスというのは吉野川下流域の特徴的表現である。

 

5 おわりに
 はじめにもお断りしたように、方言的特徴の少ない地域であるために、簡単な報告となってしまった。
 調査のあとでは「上板の言葉で他所の人に通じなかった言葉は?」と聞いたものであるが、その一つに「シャッチ…スル」(きっと…する)という表現が通じなかったというのがあったが、これは若い人には殆ど通じない言葉のようである。
 印象的なのは「オオカワ、セングリセングリ」ということわざであった。(大川は次々と流れて同じことの繰り返しである。―言葉も昔も今も大差はない)という意味である。鴨長明の方丈記の冒頭の名句を思わせるものがあり、方言の運命にも思いをはせたものである。
 この調査に当たり上板町教育委員会をはじめ快く長時間の質問にお答えとお教えをいただいた町民の方々、特に曽我部三平、坂東豊一、七條ユキコ、岡本武一、村山文夫、七条 勝の各氏に対し、深甚の敬意と感謝を申し上げたい。

 参考文献
国立国語研究所「日本言語地図」
徳川宗賢編  「日本の方言地図」


徳島県立図書館