阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第28号
貞光町の植生

植生班 森本康滋・友成孟宏・石井愃義

1.はじめに
 貞光町は美馬郡の中央部に位置し、赤帽子山北斜面に源を発する貞光川と、それをはさむ両側の山々よりなり、東は穴吹町、西は半田町、南は一宇村、北は吉野川をはさんで美馬町とそれぞれ接している。貞光川の吉野川合流地点近くに河岸段丘が発達し、そこに貞光町の人口の大部分が集中している。ここは、古くから、上流地で産出する木材、薪炭などの集散地となり、商業の町として栄えてきた。また、山間部では緩傾斜地を利用して果樹、タバコ、桑、野菜などが栽培されている。
 調査地域は、最も低い地点で吉野川の45mから、最高、友内山の1073mまでの間で、その殆どは暖温帯に含まれるが、古来、森林がよく利用されてきたため、ごく一部を除いて全域が代償植生で占められている。
 

2.自然環境
1)気候貞光町には気象観測点がないので、本町に最も近い穴吹町の資料によると、年平均気温15.8℃、最寒月平均気温4.9℃(1月)、最暖月平均気温27.7℃(8月)、年降水量2057mmとなっている (表1)。


 県内ではやや暖かく、降水量は少ない地域である。
2)地形と地質北流する貞光川の両岸の山々は西側は鳴滝谷、横野谷、陰谷など、また、東側は中谷、友内谷、端谷、見恵頭谷、長木谷などの谷できざまれ、急峻かつ複雑な地形を呈している。地質は、古生界の三波川帯に属し、点紋緑色片岩、泥質片岩、黒色片岩、砂質片岩などの結晶片岩よりなる。
 

 

3.植生概観
 貞光町は、全面積の73.5%に当る3,355kmが森林でおおわれ、その約半分が人工林で占められている(表2)。

天然林とあるのも代償植生でその多くはアカマツ林、コナラ林などである。
 本県では、アカマツ林が池田町から吉野川両岸を下流に向かってラッパ状に広がっている。貞光町は池田町と徳島市の中間よりやや上流に位置し吉野川に面しており、町の北半分は、アカマツ林でおおわれている。剣山地に近い南半分はスギ、ヒノキの植林が主で、所々コナラ林もある。貞光川の溪谷沿いには、コジイ林や、ごく小面積ではあるが、イロハモミジ−ケヤキ群落もみられる。
 平野部は少ないが、吉野川の堤防の内側の平地にはアレチマツヨイグサ群落や、メヒシバ群落があり、さらに、吉野川の河原にはツルヨシ群落が広がっている。また、鳴滝の岩場にはイワタバコ群落もみられた。
 

4.調査期間
 昭和56年8月6日から8月11日までの間、可能な限り貞光町全域を踏査し、植生調査を行った。
 

5.調査方法
 あらかじめ空中写真により1/2.5万地形図、上に群落区分をおとし、各群落においてそれを代表すると思われる地点で植生調査を行った。現地で得られた植生調査資料を、組成表作業により各群落毎にまとめ群落組成表に組んだ。そして、調査により得られた群落単位により現存植生図1/2.5万を作成した。

 

6.調査結果と考察
 貞光町で識別できた群落は、半自然植生的なものもあるが、そのほとんどが代償植生である。今度の調査で明らかになった群落は、森林植生として、1)コジイ−シリブカガシ群落、2)イロハモミジ−ケヤキ群落、3)アカマツ群落、4)コナラ群落、5)ススキ群落、6)竹林。草本植生として、7)メヒシバ群落、8)アレチマツヨイグサ群落、9)ツルヨシ群落。岩上・岩隙植生として、10)イワタバコ群落。人工植生として、11)スギ・ヒノキ植林、12)畑、13)水田、14)桑園、15)果樹園などである。
 A 森林植生
 1)コジイ−シリブカガシ群落 識別種 コジイ、シリブカガシ、マルバベニシダ、カナメモチ、サカキ、タカノツメ、アオキ。平均出現種数 20.8種。
 貞光町の大部分は、かつては常緑広葉樹のシイ林でおおわれていたと考えられるが、その名残りが見恵頭谷の西谷神社(150m)にある。西谷神社の社叢は、0.5haであるが樹高約17m、胸経60cmにも及ぶシリブカガシが優占し、クスノキ、コジイ、アラカシなどが混生している。林床には厚く落葉が積もり、自然度の高い群落で、貞光町では唯一で、県下にも他に例をみない。


 溪谷の上部、海抜150〜200mで、立地の安定した場所にコジイの萌芽林が発達している。端山小学校上や、その対岸の長瀬などに、シリブカガシを含むコジイ林がある。樹高15〜
18m、胸径約30cmとよく生育している。下層にカナメモチ、タカノツメ、サカキ、アラカシ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、ヒサカキなどを伴い、草本層にマルバベニシダ、ヤブコウジ、マメヅタ、ナガバジヤノヒゲなどがよく出現する。
 前述の西谷神社社叢とこれらコジイ林を合わせコジイ−シリブカガシ群落としてまとめた。
 2)イロハモミジ−ケヤキ群落 識別種 イロハモミジ、ケヤキ。平均出現種数 26.8種。
 前述のコジイ−シリブカガシ群落より下方、貞光川の溪谷沿いの母岩が露出した急傾斜地には、アラカシの萌芽林がみられ、コジイを混生することもある。これらアラカシは高木層まで達することなく、ケヤキ、イロハモミジ、クマノミズキなどが上層をおおっているところも多く、これらをイロハモミジ−ケヤキ群落としてまとめた。低木層にはヤブツバキ、ヒサカキ、リョウブ、マルバウツギ、エゴノキなどを伴い、草本層にイワカンスゲ、ヤブコウジ、マメヅタ、ナガバジヤノヒゲなどが生育している。
 3)アカマツ群落 識別種 アカマツ、オンツツジ、ウラジロノキ、ネズミモチ、サンカクヅル、カキ、ウラジロ。平均出現種数 39.2種。
 本県におけるアカマツ林は、三好郡山城町から徳島市まで、吉野川の両岸の山に帯状に分布しており、上流の三好郡や美馬郡では、アカマツ−オンツツジ群落が主で、下流の板野郡や徳島市ではアカマツ−モチツツジ群落が顕著になる傾向がみられる。池田と徳島の中間より少し上流に位置する貞光町では、アカマツ−オンツツジ群落がよく発達している。


 本町では、吉野川に近い、町の北半分は主にこの群落で占められている。柴内では樹高20〜25mのアカマツの下に、コナラ、イタヤカエデ、ウラジロノキ、マルバアオダモ、ヤマウルシ、オンツツジなどの落葉広葉樹が多いが、ヒサカキ、ネズミモチ、イヌツゲ、ヤブニッケイなどの常緑広葉樹もわずかながらみられる。低木層以上の植被率が大で、林床の発達は悪い。
 4)コナラ群落 コナラ群落は貞光川に近い低海抜地域から、町内で最高の友内山頂上付近までの間に散在して、アカマツ群落の間や、スギ・ヒノキ植林の間などにみられる。調査した範囲では、海抜約700m以下に発達するクヌギ群と、800m以上にあるシロモジ群とに下位区分された。
 4)−1 クヌギ群 識別種 クヌギ、ノグルミ、チヂミザサ、ナワシログミ、スイカズラ、ネムノキ、アシボソ、オカトラノオ、シラヤマギク、ミツバアケビ、ウツギ、ヤマアザミ、ツタ、ヤマトリカブト、ニシキギ、ノガリヤス、キッコウハグマ、ナガバモミジイチゴ、アキノタムラソウ、カエデドコロ。平均出現種数 65.4種。
 この群落は家賀道上のコナラ林で、クヌギを高木層に多く混生し、亜高木層及び低木層は手入れされており、草本層に多種類の草本と木本の幼生がみられる。可成り人工の加わったコナラ林である。種組成からみると、池田町のコナラ群落のアラカシ群にやや似ている。
 4)−2 シロモジ群 識別種 シロモジ、ヨグソミネバリ、コハウチワカエデ。平均出現種数 24.2種。
 海抜1000m付近に発達しているコナラ林で、ブナ−シラキ群集の標徴種及び識別種であるコハウチワカエデ、シロモジなどを含み、ブナ林の要素大である。高木層は樹高11〜15mで、コナラの他にミズキ、リョウブ、ヤマザクラ、エゴノキ、アオハダ、コハウチワカエデ、アカシデ、イヌシデなどを混生している。亜高木層にはシロモジが最優占し、ヤハズアジサイ、ソヨゴ、エゴノキ、ネジキ、イタヤカエデなど、低木層にトサノミツバツツジ、ウスゲクロモジ、カマツカ、アセビ、ヤマシグレなどが生育している。なお林床植
物の発達は悪い。


 5)ススキ群落 識別種 ススキ、アカメガシワ、タラノキ、ヌルデ、コツクバネウツギ。平均出現種数 35.4種。
 家賀道下から、穴吹町梶山へ抜ける町境近くにあったもので、伐採跡群落である。アカマツ、ナツハゼ、ヤマウルシ、ヤマツツジ、リョウブなどのアカマツオーダーの標徴種をもつことから、次第にアカマツ群落へと遷移していくことが予想される。
 6)竹林 貞光町には、吉野川の堤防の内側の高水敷にみられる防水林としてのマダケ群落と、山腹に点在する家の周辺にみられるモウソウチク群落とがある。
 6)−1 マダケ群落 識別種 マダケ、キチジョウソウ、ツルウメモドキ、アケビ、カナムグラ、ヤブジラミ、タチツボスミレ、ヒカゲイノコヅチ、ノカンゾウ。平均出現種数 182種。
 かつては、吉野川の両岸を特徴づけ、特異な景観を保っていた防水林としてのマダケ群落も、吉野川の護岸工事によって次第にその姿を消したが、下流域の池田町から川島町付近までの間にはまだ所々残されている。貞光町のマダケ群落は池田町のそれ('79友成ら)より面積は狭く、また林床の構成種も異なっている。池田町ではドクダミ、ムラサキカタバミ、ジャノヒゲ、セントウソウなどがよく出現したが、本町のマダケ群落にはこれらの種は出現していない。同じ防水林としてのマダケ群落で、相観は似ていても立地の差によって種構成が違っていることがわかる。
 6)−2 モウソウチク群落 山の傾斜地に点在する家々の周辺に、普通よくみられるもので、人工植生ではあるが都合上ここで述べる。貞光町の浦山にあるモウソウチク群落を調査した結果は次の通りであった。
 海抜280m、斜面 中、S20゜E、傾斜35゜、面積20×20平方メートル
高木層(高さ15m、植被率95%) モウソウチク 5・5
亜高木層(高さ8m、植被率20%) モウソウチク 2・1、カミエビ +
低木層(高さ2m、植被率20%)
 イヌビワ 1・1、マルバウツギ 1・1、ケヤキ 1・2、クヌギ 1・1、ヤブムラサキ +、シュロ +、ムクノキ +、カマツカ +、アラカシ +、ノグルミ +
草本層(高さ0.8m、植被率40%)
 ジャノヒゲ 1・2、ノブドウ +、シュンラン +・2、カラムシ +、チャ +、キヅタ +・2、ヤブコウジ +、ナンテン +、ネズミモチ +、アラカシ +、イノモトソウ +、リュウキュウヤブラン +、ヤマイタチシダ +・2、ムクノキ +、ヤブニッケイ +、カンスゲ +、ヘクソカズラ +、コウヤボウキ +、ケスゲ +、チヂミザサ +、ビワ +、シロヨメナ +、スイカズラ +、カニクサ +、イタドリ +、カマツカ +、シロダモ +、イボタノキ +、ヤブソテツ +、テイカカズラ +、クサイチゴ +。
 B 草本植生
 7)メヒシバ群落 識別種 メヒシバ、アカツメクサ、イヌビエ、イヌビユ、スベリヒユ、ギシギシ、エノキグサ。平均出現種数 9.0種。


 貞光町では、吉野川堤防の内側に高水敷(こうすいしき)(川原の高い部分で、大洪水の時などに冠水するようなところ)が発達しており、そのある部分は、かつて耕作地として利用されていた。現在では放置されており、そこにはいわゆる路傍雑草が茂り群落をつくっている。ここでは、メヒシバが最優占しており、アカツメクサ、イヌビユ、イヌビエ、スベリヒユなどがよく出現する。
 8)アレチマツヨイグサ群落 識別種 アレチマツヨイグサ、シロツメクサ、カゼクサ、チガヤ、ヤハズソウ、ヒメジョオン、シナダレスズメガヤ。平均出現種数 15.8種。
 前述のメヒシバ群落と同じ高水敷にみられるが、この群落は耕作地として人工の加わっていない、いわゆる川原の雑草群落である。
 大小の礫や転石がみられ、土壌も乾燥していて固い。アレチマツヨイグサに混って、ヒメジョオン、オオアレチノギク、ヒメムカシヨモギなどが1.6m位の高さの草本群落を形成し、下層にシロツメクサ、カゼクサ、ヤハズソウ、マメグンバイナズナなどがみられる。植生図ではメヒシバ群落と、アレチマツヨイグサ群落とをあわせて、路傍雑草群落としてまとめた。


 9)ツルヨシ群落 識別種 ツルヨシ、オオイヌタデ。平均出現種数 8.8種。
 吉野川の川原(高水敷より下)に発達しているもので、ツルヨシが大きなマット状に純群落を形成し、その部分は川原より一段と高くもり上っている。それより低いところは、大小の礫がごろごろとしており、すこしの増水時にも冠水するらしく、植物はまばらで、わずかにツルヨシ、オオイヌタデ、ヨモギ、イタドリ、メヒシバなどが生育しているにすぎず、植被率も5%以下である。


 C 岩上・岩隙植生
 10)イワタバコ群落 識別種 イワタバコ、アワモリショウマ、ミゾシダ、ホトトギス。平均出現種数 6.6種。
 山地や溪谷などの岩壁上には、平地や山地とは異なる岩上・岩隙群落が発達する。ここでは岩壁という特殊な環境に適応し生活できる種により構成されている。鳴滝の滝つぼ構の岩壁にイワタバコ群落がみられる。イワタバコやホトトギスなどが岩壁から垂れ下がり、やや大きなくぼみや、岩壁の下部には、ミゾシダやアワモリショウマ、セキショウなどが叢生している。


 D 人工植生
 11)スギ・ヒノキ植林 貞光町の南半分にはスギ・ヒノキの植林が多く、貞光川溪谷から町境の尾根まで広く植林されており、部分的にコナラ林が残されているところもある。友内神社付近(650m)のスギ林はよく手入れされており、生育もよいようである。林床には以前の群落構成種であるアカシデ、ガマズミ、イヌシデ、ソヨゴ、ウスゲクロモジ、ウラジロノキ、シロモジ、ヒサカキ、カナクギノキ、ウツギ、ウスノキ、フジなどの幼木とコウヤボウキ、ショウジョウバカマ、シシガシラ、ゼンマイなどの草本がみられた。


 12)畑 畑は平野部より山腹の傾斜地に多くみられ、貞光町の中心街の西、西山から大坊、引地にかけてと捨子谷北・南、家賀道上・下などに広い畑がある。家賀道では広くタバコが栽培されており、また陸稲や野菜もみられた。


 13)水田 水田は吉野川沿岸地帯に多く、また、山腹にも小面積ながら点在している。
 14)桑園 吉野川沿岸及び端山宮内付近や家賀道などにも桑園があり、養蚕が行われている。
 15)果樹園 山腹を利用した果樹園には、主にカンキツ類が栽培されているが、全体としてはごく小面積である。
7.おわりに
 貞光町は、吉野川沿岸地域以外が山地である。そして、山地のほとんど全てに人工が加わり、よく利用されている。自然度の高い林は、わずかに西谷神社の社叢にのみ残されており、面積は狭いが、これが町唯一の自然植生である。このシリブカガシ林は県下でも他に例をみないので、保護してほしいものである。
  8.要約
 1981年8月6日から8月11日までの間、貞光町の植生調査を行い、1:25,000地形図に現存植生図を描いた。そして各植生毎に現地調査を行った結果次のような群落が明らかになった。
A 森林植生
 1)コジイ−シリブカガシ群落
 2)イロハモミジ−ケヤキ群落
 3)アカマツ群落
 4)コナラ群落
  4)−1 クヌギ群
  4)−2 シロモジ群
 5)ススキ群落
 6)竹林
  6)−1 マダケ群落
  6)−2 モウソウチク群落
B 草本植生
 7)メヒシバ群落
 8)アレチマツヨイグサ群落
 9)ツルヨシ群落
C 岩上・岩隙植生
 10)イワタバコ群落
D 人工植生
 11)スギ・ヒノキ植林
 12)畑
 13)水田
 14)桑園
 15)果樹園

 主な参考文献
1)気象庁 1972:全国気温・降水量月別平年値表 観測所観測(1941〜1970)、気象庁観測技術資料36,168、気象庁
2)宮脇 昭 1967:原色現代科学大事典3 植物 52〜57、学研
3)森本康滋・友成孟宏・鎌田正裕 1976:神山町の植生、郷土研究発表会紀要22、21〜34、阿波学会・徳島県立図書館
4)森本康滋・友成孟宏・鎌田正裕 1978:山城町の植生、郷土研究発表会紀要24、21〜34、阿波学会・徳島県立図書館
5)佐々木好之編 1973:生態学講座8 26〜33、共立出版
6)徳島県 1980:美馬地域森林計画書6
7)徳島新聞社 1981:徳島県百科事典 422〜423
8)友成孟宏・森本康滋・石井愃義 1979:市場町の植生、郷土発表会紀要25、55〜69、阿波学会・徳島県立図書館
9)友成孟宏・森本康滋・石井愃義 1980:池田町の植生、郷上研究発表会紀要26、75〜89、阿波学会・徳島県立図書館
10)友成孟宏・森本康滋・石井愃義 1981:上板町の植生、郷土研究発発表会紀要27,31〜46、阿波学会・徳島県立図書館
11)山中 二男 1978:高知県の植生と植物相、18〜32、林野弘済会高知支部


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