阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第28号
貞光町の水生昆虫

水生昆虫班 徳山豊・神野朗・長池稔

1.はじめに
 今回の阿波学会による貞光町総合学術調査に参加し、1981年8月1日〜22日(1)の8日間、水生昆虫の調査を行った。ここにその結果を報告する(2)。
 報告に当たり、日ごろご指導を賜わり、不明種について同定の労をお取り下さった愛媛県新田高等学校桑田一男先生に厚くお礼申し上げる。


 

2.調査地点と調査方法
 調査は貞光町を流れる主な河川である貞光川とその支流および太田川、吉野川の各河川に、図1に示すように合計20地点を置いて行った。


 各河川の概要を述べると、貞光川は美馬郡一宇村実平の剣山山系に源を発し、一宇村、貞光町を流れ吉野川に流入する全長約25.3kmの小河川である。流程の大部分が山間部を流れる溪流(山地溪流)で平地部の流れ(平地流)は約2kmと短い。流れる水は清冽である。
 太田川は約1.5kmくらいの川で、上・中流部は土石で埋まり、下流部にわずかに流れがある。
 吉野川の貞光町付近の流れは、平地流(Bb型)の様相を呈する。広くゆるやかな流れと川原が広がり、ところどころに早瀬が見られる。


 各地点の様相を述べると、st.1(一宇村桑平)は、大小の岩間を清水が流れ落ちる。急傾斜で、流幅の狭い谷と、それに続くゆるやかな流れである。st.2はst.1の100mくらい下流で、ゆるい流れと砂防堤によってできた溜りである。st.3(漆野瀬)は、流速が大きく、河床は人頭より大きな石と岩盤でできている。st.4(須開瀬)は、支流の九藤中川が流入しており、早瀬とそれに続く淵も見られる。両岸は深い谷となり、この溪谷流が、st.7あたりまで続く。st.5(貞光町宮平)、st.6(皆瀬)は、やや深い谷を流れる清水が早瀬を形成する所である。

  

河床は石礫からできている。st.7(別所)は、山地溪流から平地流へ移行する段階の流れで、ややゆるい流れの平瀬や淵が見られる。st.8(中須賀)は、貞光中学校付近の流れである。浅いゆるやかな流れが続き、ところどころに早瀬ができている。この早瀬を中心とする地点である。st.9(一宇村川又)は、石礫の多い清冽な流れである。河床も安定している。st.10(成谷)は、鳴滝谷の最上流部で、源流性の流れである。河床は岩盤と石礫でできている。きれいな冷水が流れる。

st.11(鳴滝)は、名勝鳴滝の下にできた溜りとそれに続く流れである。st.12は、中谷に流れ込む小さい谷で河床は岩盤と石礫でできている。清水が流れるが河床には荒れが見られる。st.13は、中谷の中流部である。200mくらい上は大きな山崩れで、川底は埋まっている。河床はやや不安定で、水量も少なく、昆虫類の生息に適した所ではない。st.14は、傾斜の急な小さな谷で、河床の荒れが著しい。比較的安定した河床状態の所を探して採集を行った。st.15(家賀道下)は、源流に近い流れで、草木の間にある幅1mくらいの流れである。底質は泥、石礫、岩盤で、両岸は山の斜面である。下流100mのあたりからは、右岸に水田が作られ、潅漑用水としても利用されているようである。st.16(平野)は流幅2mくらいの流れで、河床は石礫、泥からできている。右岸は山の斜面で、左岸は水田となる。平常は澄んだ水が流れるが、降雨があるとたちまち赤土色の泥流となる。
st.17(谷向)は浅い谷で、流れのゆるい所には水生植物もはえ、池の岸部と似た様相を呈する。また、早瀬、淵もあり環境変化に富んだ所である。st.18(長木)は、河床の荒廃が見られ、土石の流入も続いている。昆虫相は食弱であろうと予想された。st.19(太田)は、水枯れに近い状態で、随所にできた溜りを中心に採集した。ここより下流は、両岸と川底がコンクリートで護岸工事された用水となる。st.20(吉野川南岸太田付近)は、早瀬の石礫底を中心にした流れである。丸みのある石が河床を作り、やや不安定な様相である。
 調査方法としては、定性採集を行った。各調査地点において、川底の石礫、砂泥を金属製のザルですくい取り、そこに見られる生物をピンセットで取り出した。できるだけ多くの種類を集めるため、調査地点一帯を入念に採集した。

 

3.調査結果と考察
 調査時に測定した気温・水温を表1に示した。
 採集された水生昆虫と昆虫以外の底生動物を、地点別に整理したのが表2である。


 全地点を通して、水生昆虫が8目84種と昆虫以外の底生動物が9種得られた。目別種数では、蜉蝣目が最も多く24種、次いで毛翅目16種、蜻蛉目12種、双翅目9種、■翅目8種、鞘翅目7種、半翅目6種、広翅目2種の順である。蜻蛉類の多いことが注目される。その多くが見恵頭谷で得られている。見恵頭谷一帯は山間部のゆるい流れで、蜻蛉類の生息に適した環境である。
 貞光川水系には、水生昆虫が8目81種得られている。キブネタニガワカゲロウとオオシマトビケラは貞光川水系に見られず、吉野川でのみ得られた。このうちオオシマトビケラは、吉野川本流には広く生息し、ヒゲナガカワトビケラと並んで大きな現在量を示し、優占種となる地点も少なくない。支流では今までのところ、伊予川、日開谷川、宮川内谷川、の3河川で生息を確認している。
 貞光川本川流で53種、支流で65種が得られた。本川流のみに得られた種が16種、支流のみに得られた種が28種、両方から得られた種が37種である。
 採集された水生昆虫の大部分が清水性の種である。やや汚濁に耐えられると思われる種として、コガタシマトビケラ、オオシマトビケラ、アメンボ、タイコウチ、オニヤンマ、コオニヤンマ、コヤマトンボ、ゲンゴロウ科、ガムシ科があげられる。昆虫以外の底生動物の中では、モノアラガイ、ミズムシ、ヒル、ミミズが汚濁に強いものである。これらの個体数、分布地点は少なくそれ程問題にならない。全体的にみると、生物相からは清冽な流れが維持されていると推定される。
 地点別に種数をみると、st.2、st.13、st.18では特に少ない。st.2は河床が前に述べたような溜りであるから、生息する種類が限られる。st.13、st.18は河床の荒廃が原因である。蜉蝣類(カゲロウ類)などがわずかに見られるが、毛翅類(トビケラ類)、■翅類(カワゲラ類)はほとんど生息していない。河床の荒廃の著しいst.14も同様で、一部に残ったやや荒れの少ない所にわずかに昆虫類の姿が見られた。一方、貞光川の下流st.7、st.8で20種をこえる種類が得られた。これは、1地点で得られる種数としては多い方である。貞光川下流部が清水性生物のすめる流れであることを示している。
 環境庁より自然度を知る指標昆虫に指定されているムカシトンボ(幼虫)は、今回の調査では鳴滝上流域に広く生息することを確認した。
 採集例が稀と思われる種として、トゲバゴマフガムシ、オナガミズスマシが採集された。

  

 

4.おわりに
 今回の調査で、水生昆虫8目84種と昆虫以外の底生動物9種を採集した。その多くが清水性種であり、種類相からみると清冽な流れであると推定された。地点によっては、昆虫相の極めて貧弱な所があり、その原因が河床の荒廃によるものであった。
 今後、水生昆虫をはじめとする多くの底生動物が生息できる環境が維持され、河床荒廃の原因となる森林の伐採がむやみに行われないように望まれる。
 参考文献
1)津田松苗 1962:水生昆虫学、北隆館。
2)水野信彦、御勢久右衛門 1972:河川の生態学、築地書館。
3)桑田一男 1981:底生動物による水質判定、―「理科I」の実習教材としての松山市河川の現状―、愛媛高校理科、p62〜66。
4)徳山豊、神野朗 1981:上板町の水生昆虫、郷土研究発表会紀要第27号、阿波学会、県立図書館、p47〜54。


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