阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第28号
貞光町の民間薬調査および薬用植物分布調査

生薬班 

  村上光太郎・西沢幸二・山崎徳司・

  山下菊治・大塚道夫・岡秀紀・

  尾方克次・井上稔・沖本佳子・

  久光由里・瀬川智美・平野恵子

〈目的〉
 私達は徳島県内の各地の民間薬調査および薬用植物の分布調査を続けて来たが、今までは同一地区で両調査を行ったことはなかった。従って今回は両調査を行い、使用されている民間薬と分布している薬草の関係を調べる事も目的とする。

 

〈調査方法〉
1.民間薬調査について
 8月5日・7日・8日・10日の4日間、12名の調査員が1人づつ、貞光町全域にわたり戸別に訪門し、現在使用中あるいは過去において使用されたことのある民間薬の種類、使用部位、使用方法、薬効等について調査を行った。


2.薬用植物の分布調査について
 8月6日と9日に調査員が三班に分かれて反内神社附近、傍具谷附近、定山附近、宮内附近の調査を行った(地図参照)。調査の方法は各調査コースの沿道に自生しているすべての植物の名称およびその分布量を記載する方法をとったが、名称不明の場合は仮の番号をつけ、調査終了後、図鑑その他により調べて補充を行った。また薬用植物事典(村越三千男)、薬用植物誌(梅村甚太郎)、民間薬の実際知識(村上光太郎)等の書物により、調査によって得られた植物の薬効の有無を調べた。

 

〈調査結果〉
1.民間薬調査について
  今回の調査で得られた現在使用中あるいは過去において使用されたことのある生薬は、薬用植物としてはアオツヅラフジ、アケビ、アララギ、イワタバコ、ウラジロガシ、オオバコ、キハダ、クコ、ゲンノショウコ、センブリ、モッコクなど155種類が、薬用動物としてはアマガエル、ウサギ、カイコ、カタツムリ、サル、サンショウウオ、ナメクジ、マムシ、ミミズ、ムカデなど48種類が、鉱物・その他としては油、アンモニア水、イオウ、塩、食用油、ナベズミ、尿、灰など13種類があった。
2.薬用植物の分布調査について
  8月6日の調査の定山附近(1)では薬用植物はアケビ、アマチャズル、オミナエシ、キハダ、ツリガネニンジン、テイカカズラ、ハハコグサ、ヒオオギ、ヒヨドリジョウゴなど108種類があり、薬用植物とならない植物はオカトラノオ、コウヤボウキ、サジガンクビソウ、シャガ、タチシノブ、ハナイカダ、ホタルブクロ、マメズタ、ムラサキシキブ、ヤマハンノキなど76種があった。従って薬用植物は全植物の58.7%にあたる。定山附近(2)では薬用植物はイチヤクソウ、ウツボグサ、オオバコ、オトギリソウ、カラムシ、キキョウ、キンミズヒキ、スイカズラ、ドクダミ、ヨモギなど22種類があり、薬用植物とならない植物としてはアキノタムラソウ、オヤマボクチ、コシアブラ、チチコグサ、ヒサカキ、ヒメジョオン、ヒヨドリバナ、ヤブレガサ、ヤマジノホトトギスなど17種類があった。従って薬用植物は全植物の56.4%にあたる。友内神社附近では薬用植物はアカネ、イタドリ、イチョウ、カキドウシ、キカラスウリ、キランソウ、シソ、タツナミソウ、タラノキ、フキなど54種類があり、薬用植物とならない植物としてはイワガネソウ、カズノコグサ、コアカソ、シロダモ、スカシタゴボウ、ダンコウバイ、トウバナ、ミズオトギリ、ヤナギバヒメジョオン、ヤマハンノキなど66種類があった。従って薬用植物は全植物の31.0%にあたる。
  8月9日の調査の宮内附近では薬用植物はアオツヅラフジ、アカザ、アキカラマツ、シシガシラ、センニンソウ、センブリ、タンポポ、ハリギリ、マツヨイグサ、ユキノシタなど82種類があり、薬用植物とならない植物はアカソ、アワノミツバツツジ、エノコログサ、ガンピ、シャガ、シロツメクサ、ヤブミョウガ、ヨメナなど61種類があった。従って薬用植物は全植物の57.3%にあたる。傍具谷附近では薬用植物はアセビ、イワタバコ、オオハンゲ、カタバミ、キツネノボタン、スイバ、ススキ、ヌルデ、ノキシノブ、ヘクソカズラなど71種類があり、薬用植物でない植物はオオカモメズル、クルマバナ、コモチシダ、ナツハゼ、マメズタ、ミズヒキ、ミツバテンナンショウ、ヤブタビラコ、ヨツバムグラなど59種類があった。従って薬用植物は全植物の54.6%にあたる。
  これらを総合すれぱ、今回の調査では薬用植物はアカネ、ウバユリ、オオバコ、シュロ、センブリ、タツナミソウ、トリアシショウマ、ナルコユリ、ミシマサイコ、ヤマノイモなど171種類があり、薬用植物とならない植物はアサマリンドウ、エンコウカエデ、カキラン、シコクチャルメルソウ、シコクママコナ、ショウジョウバカマ、マツカゼソウ、ムラサキシキブ、ホウチャクソウ、ミヤマキンバイなど183種類があった。従って薬用植物は全植物の48.3%である。この割合は、今までの調査では薬用植物の全植物に対する割合が60〜70%であることと比べて異常に低い数値である。
  換金植物、言いかえれば販売できる植物という面より見ればアオツヅラフジ、アカネ、アケビ、イタドリ、イノコズチ、イワタバコ、ウツボグサ、オオバコ、オトギリソウ、カキドウシ、カラスビシャク、キカラスウリ、キキョウ、キハダ、キンミズヒキ、クズ、ゲンノショウコ、サルトリイバラ、センブリ、ダイコンソウ、タラノキ、ツルドクダミ、ドクダミ、ナンテン、マタタビ、ミシマサイコ、ヤマノイモ、ユキノシタ、リンドウの29種類があるが、現実に販売している生薬はオオバコ、ゲンノショウコ、ドクダミなど数種類に限られている事より、今後地域産業の振興という面からも増々の活用が望まれると共に、キハダ、ミシマサイコ等の栽培も検討されたい事である。
3.民間薬調査と薬用植物分布調査の比較
民間薬調査と薬用植物の分布調査を比べて見ると、すなわち貞光町に自生している薬用植物で実際に使用されているものとしてはアオツヅラフジ、アカメガシワ、アケビ、イタドリ、ウツボグサ、ウラジロガシ、オオバコ、オトギリソウ、キキョウ、キハダ、キランソウ、スイカズラ、センブリ、ダイコンソウ、タラノキ、タンポポ、ナンテン、マタタビ、マツ、ユキノシタなど53種類の植物があり、薬用植物であるにもかかわらず、使用されていないものとしてはアカネ、アマチャズル、アマドコロ、イチャクソウ、イチョウ、オオハンゲ、カラスビシャク、カワラナデシコ、キカラスウリ、キンミズヒキ、クララ、サルトリイバラ、ゼンマイ、タケニグサ、ツルニンジン、トリアシショウマ、ナギナタコウジュ、ネナシカズラ、ヒカゲイノコズチ、ヒヨドリジョウゴなど118種類の植物があった。これは自生している薬用植物の69.0%にもあたり、自然の与えてくれた生薬の約7割が使用されず、枯れている事になる。
 また今回の薬用植物分布調査で見つけることの出来なかった薬用植物であるにもかかわらず、実際に民間薬として使用されているものとしてはアララギ、アロエ、エビスグサ、オウレン、カワラヨモギ、キササゲ、コンフリー、サフラン、シャクヤク、チョウセンニンジン、ツチアケビ、ツワブキ、ニワトコ、ハッカ、ハトムギ、モッコク、ヤマゴボウ、レンコンなど120種類がある。しかしこれらの植物の中には植物分布調査をもっと広範囲に行えば貞光町に自生している可能性があるものも多く、いちがいには言えないが、今回の調査では、貞光町で自生を確認できた薬用植物を使用している以上に、他の地域より購入しなければならないものが約2.5倍もある事は、今回の調査で得られた民間薬調査の結果は、古来よりの伝承によってつちかわれたもの以上に、近年のマスコミ等により得られたものが多い事を印象づけた。
4.他地域の民間薬調査との比較
  今回の民間薬調査の調査結果をすでに調査の終わっている神山町の民間薬調査、山城町の民間薬調査、脇町の民間薬調査の結果と比較して見ると、これら四地区で使用されていたものとしてはアカメガシワ、アサガオ、アララギ、イタドリ、イチジク、イノコズチ、イワタバコ、ウラジロガシ、オオバコ、オトギリソウ、キキョウ、キササゲ、キハダ、クコ、ゲンノショウコ、シャクヤク、センブリ、ダイコンソウ、タラノキ、チクセツニンジン、ニンニクなど92種類の薬用植物と、イセエビ、イナゴ、イモリ、ウナギ、カイコ、カタツムリ、キツツキ、カワガラス、コイ、サル、ショクヨウガエル、シマヘビ、ドジョウ、ナメクジ、ハチ、マムシ、ミミズ、ムカデ、メジロなど21種類の薬用動物と、塩、ショウ油の2種類であった。これらは貞光町の調査で得られた民間薬のうち、薬用植物は59.3%、薬用動物は43.8%、鉱物その他は15.4%にあたり、民間薬を総合して見れば53.2%になり、貞光町の民間薬調査で得られた民間薬の約半分のものが広範囲に用いられている比較的ポピュラーな生薬であることがわかる。
 次に貞光町、神山町、山城町の三町では使用の報告があったが、脇町では用いられていなかった民間薬としては、薬用植物にはオウレン、キランソウ、サルノコシカケ、ショウブ、ナズナ、ハトムギ、マツ、マタタビ、モッコクなど18種類が、薬用動物にはクマの1種類が、鉱物その他では油、イオウの2種類があった。これらは貞光町の調査で得られたもののうち、薬用植物は11.6%、薬用動物は2.1%、鉱物その他は15.4%にあたり、総合して見れば9.7%となる。
 貞光町、脇町、山城町の三町では使用の報告があったが、神山町では用いられていなかった民間薬としては、薬用植物にはイネ、ウリ、オミナエシ、チドメグサ、ネギ、ヘチマ、ムクゲの7種類が、薬用動物にはアカガエル、アマガエル、クマバチ、セミ、ホトトギスの5種類が、鉱物その他には砂糖、ナベズミの2種類があった。これらは貞光町の調査で得られたもののうち、薬用植物は4.5%、薬用動物は10.4%、鉱物その他は15.3%にあたり、総合して見ると6.5%となる。
 貞光町、脇町、神山町の三町では使用の報告があったが、山城町では用いられていなかった民間薬としては、薬用植物にはキャベツ、ツゲ、ナツミカン、ハブチャの4種類が、薬用動物にはコオロギ、サンショウウオの2種類があった。これらは貞光町の調査で得られたもののうち、薬用植物は2.5%、薬用動物は4.2%にあたり、総合して見ると2.8%となる。
 以上、貞光町、神山町、山城町、脇町の四町すべてあるいはいずれか一町を除く三町すべてで使用されている民間薬は、全体の72.2%にもなることは今回の貞光町の調査で得られた結果は特殊なものではない事が理解できる。
〈資料〉
1.民間薬調査
 以下に貞光町で使用されていた民間薬の総覧を記す。和名の前および薬効の前についた○印は薬用植物辞典(村越三千男)、薬用植物誌(梅村甚太郎)、漢方薬と民間薬(西山英雄)、民間薬の実際知識(村上光太郎)等にすでに記載されている事を示す。
2.薬用植物分布調査
 以下に調査日、調査班別に採集した薬用植物の科名、植物名(ラテン名)、分布量(+はそのまわりに1〜5株見られるもの、++は6〜10株見られるもの、+++は11株以上見られるもの)、生薬名薬用部位、主な薬効について記す。

民間薬総覧


徳島県立図書館