阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第29号

鷲敷町の植生

植物班 友成孟宏・森本康滋・石井愃義

I はじめに
 鷲敷町は那賀郡の中央部にあり、那賀川の両岸にまたがって丹生谷の入口に位置する。本町の東部、北部及び南部の大部分は阿南市に囲まれ、西部と南部の一部が相生町と、北西部が勝浦郡勝浦町とそれぞれ接している。
 本町には山地が多いが1000mをこす山はなく、高い山としては竜王山732.1m、太竜寺山618mなどがある。山地の森林は古くから利用されていたらしく、自然植生はほとんどなく、代償植生としてのスギ・ヒノキ植林が大部分を占め、アカマツ林、コナラ林、シイ・カシ萌芽林などが散在している。自然植生としては那賀川河岸に発達するナカガワノギク群落と、社寺林としてわずかに残されたコジイ林がみられる。
 昭和57年7月27日〜8月4日の6日間植生調査をし、これと平行して、空中写真をもとに群落区分を描いた2万5千分の1地形図に現地で確認修正しながら現存植生図を作成した。調査期間が短かかったため、所期の目的は十分に達せられなかったが、調査できた範囲で報告する。
 この報告書をまとめるにあたり、この調査にご協力いただいた鷲敷町の方々に謝意を表す。
II 自然環境
1)地形・地質
 本町は、町のやや西寄りの部分を蛇行しながら、南から北へ流れる那賀川と、東から西へ流れ、那賀川に合流している中山川により、ほぼ西部、北部、南部の3つの地域に分けることができる。
 那賀川より西側に位置する西部の地域では相生町との境に本町の最高峰、竜王山(732.1m)がそびえている。竜王山から北への尾根は東へくねり、それに続く稜線は次第に下降し阿南市との分水界となりつつ那賀川に接している。また南への尾根も616mの山を経て次第に高度を下げ、少し東へ曲がり那賀川に至る。そしてこれらの山地に囲まれて学原及び阿井の平坦部がある。
 北部のほぼ中央には618mの太竜寺山があり、東方への稜線は513mの山から150mの山へと下降し、中山川の最上流部に接している。また西への尾根も、441.7mの地点から急に高度を下げながら那賀川に至る。
 また、南部は阿南市との境の398.5mの山を中心にほぼ東北にのびる稜線と、中山川及び那賀川で囲まれた範囲で、面積ではここが一番広い地域である。
 また、北部と南部の間を西流する中山川が、那賀川に合流する地点には広い平坦地がみられ、鷲敷町の中心部が発達している。
 地質的には中山川、和食郷土佐町を結ぶ線から南には、主に砂岩及び砂を主とする互層の地層があり、中山川より北には若杉層群が広がっており、太竜寺山までの中間にチャート層が露出している。
 2)気象
 本町の気象資料はないので、比較的近い2カ所、福原旭、富岡の資料から類推して、年平均気温は14.5〜16.0℃の間、降水量も2200〜3400mmの間と考えられ、鷲敷町は本県内では、気温は高く降水量も多い地域に属する。


III 植生概観
 本県の植生を垂直にみたとき、極相林としては海抜0〜600mは暖温帯林としてのシイ林が、海抜700〜1000mは中間温帯林としてのモミ・ツガ林が、1000m以上では冷温帯林としてのブナ林が出現する。
 本町の場合、一番高い竜王山は732mであり、かつて山頂付近にはモミ・ツガ林が発達しそれ以下の所はシイ林でおおわれていたと考えられる。しかし現在では本町の林野面積の約83%がスギ・ヒノキ植林となり、極相林としての自然林はなく、代償植生のシイ・カシ萌芽林、コナラ林、アカマツ林なども小面積ずつあちこちに点在しているにすぎない。
 シイ・カシ萌芽林は本町の海抜高度の低い部分、すなわち那賀川の小仁宇から和食までの対岸、竜王山の下部や百合谷に分布している。アカマツ林は、かつては広く存在したものと考えられるが、現在では斜面下部のものはほとんど枯れ、太竜寺山中腹などにわずかに残っている程度である。コナラ林は海抜高度のやや高いところにみられ、西部の竜王山頂付近などにごくわずか残っている。モウソウチク林は中山川沿いに多くみられる。
 田・畑は八幡原、和食、南川、学原、阿井など那賀川周辺に分布している。また、樹園地は中山、北地などに分布している。
 那賀川の河岸にはナカガワノギクが生育しており、唯一の自然植生であるナカガワノギク群落をつくっている。


IV 調査結果とその考察
 鷲敷町の土地利用状況は、耕地と住宅地などを除く林野面積が2398haで、全体の80.2%にあたり、そのうち人工林が82.9%、コナラ林、シイ・カシ萌芽林、アカマツ林などを合わせて14.7%である(表2)。


 調査期間に踏査したコース及び調査地点は図1に示すとおりで、太竜寺山・竜王山をはじめ、南川、百合谷、阿井川、那賀川筋など、調査可能な範囲で踏査し、41地点で植生調査を行った。


 その結果を植物社会学的手法により表操作し、総合常在度表を作成した(付表1)。また、現地での群落確認により現存植生図を作成した(付図)。
 本町において識別できた群落は、次のとおりである。自然植生としてナカガワノギク群落、代償植生としてヒメガマ群落、シイ・カシ萌芽林、アカマツ群落、コナラ群落、スギ・ヒノキ植林、モウソウチク林などである。
1 自然植生
(1)ナカガワノギク群落
 ナカガワノギクは那賀川流域の河岸を中心に分布する本県特産の種で、鷲敷町を流れる那賀川の河岸には、全域にわたって生育しており、特に河岸に露岩のある場所に多い。


 このナカガワノギク群落は、ナカガワノギク、ススキ、アオヤギバナ、キシツツジで識別できる低木群落である。四国地方の河岸では、ネコヤナギ群団に含まれるものとしてキシツツジ群集が知られている。これは典型亜群集(キシツツジ群集に常在度の高い種で構成される)、キハギ亜群集(キハギ、トダシバ、リンドウ、ホソバシャジンなどで区分される)、ヒメヤブラン亜群集(カワラハンノキ、ヒメヤブラン、シロヨメナなどで区分される)の3亜群集に下位区分され、キハギ亜群集はさらにトサシモツケ変群集、ヒメウツギ変群集、典型変群集に細分される(宮脇1982)。本町のナカガワノギク群落はトサシモツケ変群集に含まれるものであるが、今回は優占度の高いナカガワノギクを主体に考えたところ、この群落はさらにトダシバ、トサシモツケで特徴づけられるトダシバ群と、キシツツジ、アオヤギバナ、イワカンスゲ、キハギを区分種とするキシツツジ群の2つに下位区分することができた。この群落の平均出現種数は6.6種である。なお、キシツツジ群は洪水時に冠水する場所に生育し、トダシバ群はそれより上部にみられる群落である(付表2)。
2 代償植生
(2)ヒメガマ群落


 この群落は、本町小仁宇の休耕田約100平方メートルの範囲に発達している、ヒメガマを優占種とする草本群落で、ここは水が絶えず流入しているので、生育できる植物は限られている。ヒメガマ、ミソハギ、アカバナ、スギナ、クサヨシ、セリなどで他の群落と識別することができる。平均出現種数7.6種(付表3)。
(3)シイ・カシ萌芽林


 シイ・カシ萌芽林は西部地域に多く、特に土佐町及び仁宇の対岸にかなり広い面積を占めている。また南部地域では百合谷周辺に多く、それ以外の場所では小面積の群落が点在している。土佐町の北岸山地で調査したこの群落は、高木層の高さ12〜18m、高木層の植被率が90〜100%で、常緑広葉樹のため林内に光があまり入らないので、草本層は発達が悪しく植被率5〜20%となっている(付表4)。
 本群落はコジイ、ヤブムラサキ、マメヅタ、マルバウツギ、サネカズラ、ヤマザクラ、マンリョウ、ヤブランで識別され、平均出現種数36.2種。なお、町内の社叢林の中には八坂神社のように発達したシイ林が残っている所もある。
(4)アカマツ群落
 現在、アカマツ・クロマツは全国的規模で枯れているが、本町のアカマツもその例外でなく、ここ数年来、アカマツの立ち枯れが目立ちアカマツ群落が激減した。


 昭和53年の空中写真によって本町の群落区分をすると、アカマツ林の面積はかなり広いが、現地で確認すると、そこがシイ・カシ萌芽林やコナラ林など、他の群落に変わってしまつている。これはマツクイムシの被害により高木層のアカマツが枯れ、亜高木や低木の樹種が代わって林冠を形成してきたからである。調査中にも枯れたアカマツを搬出している現場に出あった。このようにアカマツ林が次第に無くなっていく中において太竜寺山下の海抜380〜580mの所のアカマツ林では胸径40〜80cmのものもあり、ここではほとんどマツクイムシの影響をうけていなかった(付表5)。
 この群落にはアカガシ、ウラジロガシ、アラカシ、コジイなどを含み、シイ・カシ萌芽林としての要素を多くもっている。従って高木層のアカマツが枯死すれば、相観的にシイ・カシ萌芽林になる可能性は高い。またモミが高い頻度で出現しているのも、特徴の一つといえよう。この群落はアカマツ、コバノミツバツツジ、アカガシ、ウラジロガシ、コツクバネウツギ、ウラジロノキなどで識別され(付表5参照)、平均出現種数35.6種である。
(5)コナラ群落
 コナラはシイ・カシ萌芽林にもアカマツ林にも出現するが、ここでコナラ林というのはコナラの優占度及び出現頻度が高い林である。本町では、海抜高度の高い竜王山系の尾根近くにごくわずか見られるだけである。


 ここでは高木層を欠き、亜高木層にはコナラ、リョウブ、ソヨゴ、ネジキ、ヤマウルシなどが密に林冠を形成し、低木層にウスゲクロモジ、アセビ、カマツカ、イヌツゲ、モチツツジ、ヒサカキなどが叢生し、草本層の発達は悪く、わずかにツルリンドウ、シシガシラ、ゼンマイなどがみられるにすぎない。群落識別種としては、ウスゲクロモジ、エゴノキ、シキミ、イヌツゲ、リョウブ、カナクギノキなど、平均出現種数33.6種(付表6)。
(6)スギ・ヒノキ植林


 本町は、前述のとおり、徳島県内でも気温が高く、降水量も多い方で、気象条件としては、植林したスギ、ヒノキの生長には適している。また、山は多いが海抜高度もそれほど高くなく、人家から近い里山であることなどにより古くから人手が加わり、植林の占める割合が多く、町林野面積の83%にも達する。県全体の植林面積の割合は62%であるので、これをはるかに超えている。
 調査したスギ林はかなり手入れされており、高木層に樹高約18m胸径約40cmのスギがみられ、亜高木層を欠き、低木層にヤブツバキ、ヒサカキ、コガクウツギ、アラカシ、イヌビワなどが散在し、草本層にウラジロ、キジノオシダ、ジャノヒゲ、チヂミザサ、フユイチゴなどがみられた(付表7)。
 スギ植林及びモウソウチク林などのように、継続的に人工が加えられている植生は、チヂミサザ、ゼンマイ、ドクダミ、ヒメドコロ、ヤマジノホトトギス、ツタなどで、シイ・カシ萌芽林、アカマツ林、コナラ林などの二次林と区別される。そしてスギ林は、スギ、ノブドウ、ジャノヒゲ、ホドイモなどでモウソウチク林と識別される。平均出現種数42.0種。
(7)竹林
 本町のモウソウチクの作付面積は44haで、阿南市1130ha、小松島147haに次いで県下で3番めに広い面積である。中山川の中山、助友、下司名、日ノ浦及び小仁字に多くみられる。


 中山川の最上流の調査地では、高さ10〜13m、胸径11〜12cmのよく生育したモウソウチクが林立し、林床にはクサイチゴ、ハシカグサ、ミズヒキ、フユイチゴ、ノササゲ、クサマオ、オニドコロ、アキノタムラソウなどが散生していた(付表8)。
 群落識別種は、モウソウチク、クサイチゴ、タラノキ、ハシカグサ、タチツボスミレ、マダケ、ミズヒキ、イタドリなどで、平均出現種数35.6種である。なお、那賀川の両岸には、細長く帯状にメダケが分布しているが、松ノ木の南、国道下の海抜74m地点のメダケ群落の主な構成種は、メダケ(5・5)、トサシモツケ(2・2)、ノイバラ(1・1)、ヒガンバナ(2・2)、ナカガワノギク(1・1)、ススキ(+2)、タンポポ(+)、スイバ(+)、ヤブツバキ(+)、ヨモギ(+)、イヌガヤ(+)、クズ(+)、フジ(+)、キシツツジ(+)、キレハノブドウ(+)、ミツバアケビ(+)、イヌガヤ(+)などである。
(8)樹園地
 本町の樹園地では、ミカンなどの柑橘類が39ha、クリが13haの面積を占め、その外にウメ、カキなども栽培されている。これらの主な産地は北地・中山・小仁字などである。
(9)田畑
 和食、学原、阿井、石橋など、那賀川ぞいの平野部に水田や畑がみられる。本町の水田の面積は200haと広く、畑は18haでキウリ、ナス、ピーマン、カボチャ、イチゴ、ダイコン、キャベツ、ハクサイ、ホウレンソウ、サトイモ、ネギ、ニンジン、ゴボウなど、多くの野菜が栽培されている。


V おわりに
 以上の調査結果をもとにして、次の提案をしたい。
 本町は、山間部に位置している他町村に見られないくらい、町の隅々まで人為の影響が及んでおり、自然状態の樹林は、八坂神社、蛭子神社、小仁宇八幡神社などの社寺林に残されているのみである。これらの樹林はいずれも、本県では普通、内陸部にみられるコジイ―カナメモチ群集に含まれるものである。このことから、本町は、人為が加えられる以前には、立派なコジイ林でおおわれていたと考えられる。しかし、現在では町の全域に人工が加えられ、スギ・ヒノキ植林が林野面積の83%を占めており、これは全県的にみても植林率が高過ぎると考えられる。
 スギなどの人工林は、群落としては単一種からなる単層群落であり、多種類から構成され多層構造である自然林に比較して、単純、単一である上、いろいろな生物も生活しにくい林である。したがって、今後、本町の植林地面積はこれ以上広げず、森林計画にあたっては、シイ・カシ萌芽林、コナラ林などの林を育成する方針で検討されたい。また、森林(植林)を伐採する場合も、広い面積を皆伐法により伐採するのでなく、小面積ずつ伐採するか、あるいは間伐法などにより伐採するのが望ましい。
 また、那賀川の河岸に生育しているナカガワノギク群落は本県特有の群落であるので、河川工事などによってこれを破壊しないよう配慮することが大切である。
VI 摘要
 昭和57年7月27日から8月4日までの間、鷲敷町内にみられる群落について植生調査を行った結果、次のような群落が明らかになった。また、それらの群落を2万5千分の1地形図上に区分し現存植生図を描いた。
 I 自然植生
  1 ナカガワノギク群落
   A キシツツジ群
   B トダシバ群
 II 代償植生
  2 ヒメガマ群落
 3 シイ・カシ萌芽林
 4 アカマツ群落
 5 コナラ群落
 6 スギ・ヒノキ植林
 7 竹林
 8 樹園地
 9 田畑

参考文献
1 気象庁 1982:全国気温・降水量月別平年値表,観測所観測(1951〜1978)164〜166
2 中国四国農政局徳島統計情報事務所 1982:徳島農林水産統計年報1981〜1982
3 徳島県農林水産部農林企画課 1972:徳島県地質図,内外地図株式会社
4 宮脇昭 1982:日本植生誌 四国,至文堂
5 山中二男 1979:日本の森林植生,築地書館


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