阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第29号

鷲敷町における農業従事者の健康状態

農村医学班

  加藤和市・原田武彦・中平晴仁・

  南与志子・尾崎いずみ・増田順子・

  新田都子・土井優美・三原美智子・

  宮崎真由美・森本雅美・福谷喜代美

  渡部秀子・槇野浩之

(以上 徳島県厚生連、阿南共栄病院)
  井上博之・蔭山哲夫・渋谷啓治・

  遠藤博久・大黒達男・林まゆみ・

  北詰恒子・臣永美保・江本茂子・

  杉本英雄
(以上 徳島県厚生連、健康管理部)

 農村医学班として阿波学会の学術調査に参加して8年目、今回の鷲敷町は、県南においては昭和51年の牟岐町に次ぐ2度目の調査である。
 この8年の間にも農村の変貌は緩急の差はあるが進行を続けていることは確かであり、当然、住民の生活や健康状態に影響を与えている。従って、これまでに調査した7町村との比較には年月の経過も考慮する必要があるであろう。それに農村医学班としての健診内容も、この間いくつかの項目が加えられ、充実への道を辿って来ている。そうした変化を意識しつゝ、私達は農山村である鷲敷町の健診に当たった。
 尚、健診内容充実の中心は生化学的検査であり、結果が数値で示される項目が多くなった。診断医学進歩の成果として喜ばしいことであるが、昔から試験などで“1点に泣く”と云われていた様に、こうした検査では、結果としてでた数字が1、時には0.1多いとか少ないとかで集団診断の立場上、正常と異常とに判別せざるを得ない側面をもっている。従って、今回は異常については数値を具体的に表に記し、異常の度合を明らかにすると共に年令も又、健康管理上、関心事であるので年代別の分類をすべての表に採用することに努めた。
 調査は57年7月28日から31日までの4日間、鷲敷町農業者センターにおいて農業、一部林業従事者、211人を対象に行った。
 表1の如く、男子、女子、略同数であり、年令的には40才代、50才代が多く、併せて69.7%を占めている。
 先ず問診を行い、これまでの既往症を調べたが「全くない」と答えたのは、男子で42.9%、女子で34.9%であり、年代別には表2の如く、当然のことながら加令に従って減少している。ただ30才代の女子では貧血、胃腸病、婦人科手術などの既往歴のある人が10人もおり、「既往症なし」は3人にすぎず、やゝ例外的であった。


 次に既往症の内容としては表3の如く、胃腸病が意外にも男子、女子ともに1位を占めていた。特に男子では24人(22.9%)と断然多く、以下肝臓病、虫垂手術、高血圧、消化性潰瘍の順となっていた。一方、女子では胃腸病と共に貧血の既往のある人が夫々19人あり、あと高血圧、婦人科手術、虫垂手術、腎臓病となっていた。


 又、過去に手術をうけている人は男子で12人(11.4%)、即ち虫垂9人の他に消化性潰瘍、尿路結石、ヘルニアが夫々1人。女子では、21人(19.8%)、表の婦人科9人、虫垂7人の他に胆のう2人、消化性潰瘍、甲状腺、乳腺が夫々1人ずゝあった。
 手術の地域差について、以前から興味をもっていたが、本年の農村医学会では秋田から発表があり、北秋田(調査人員2,365名)では男子では22.4%、女子では32.5%の人に虫垂切除の既往があり、更に女子では、18.8%が卵管結紮の既往をもっていたと、又虫垂切除をうけた25.3%は結紮を目的として、虫垂切除を二次的に受けていたと、従って、最終的には男子の27.0%、女子の49.4%に手術の既往があり、年代別には40才代、50才代、30才代の順に多かったと云う。農山村など医療過疎地域では虫垂切除が時に便乗的に、半ば予防的に行われていた事が容易に想像出来る。
 然し、今回の鷲敷町の調査では手術の既往は男子で11.4%、女子では19.8%であり、秋田の発表の様な傾向は余り感じられなかった。ただ、今回の調査で30才代の手術既往は男子では全く無く、女子に3人(虫垂切除、消化性潰瘍、婦人科手術夫々1人)認めたのみであることは、最近の虫垂手術減少の傾向を反映しているものと考えられる。


 嗜好では、先ず酒は表4の様に飲まないは男子では17.1%であり、40才代以下では更に少ない。一方、毎日2合以上は22人(21%)を占めていた。又、女子も多くは「時々」であるが、43.3%に飲酒の習慣がみられ、30才代、40才代では半数近くに及んでいた。又、たばこは男子で59.0%、女子で1.9%にその習慣がみられ、平均本数は夫々23.3本、10本であった。尚、数年来禁煙をつづけている人が、40才代と50才代の男子に夫々2人認めた。専売公社の全国調査(昭和56年)では成人男子の68.3%が毎日、2.5%が時々、たばこをすっており、女子も毎日が12.3%、時々が3.0%、平均本数は男子25本、女子15.9本と報告されているが、今回の調査ではそれをかなり下回る好ましい結果であった。


 肥満度の調査(箕輪法)では表6の如く、肥満は男子で9.5%、女子では14.2%にみられ、年代別でも60才代の女子を除けば従来の調査よりかなり低い数字であった。一方、やせ(肥満度90以下)は30才代男子に15.8%、60才代の男女で18〜19%も認められた。尚、表の右端には昭和55年に行った農協巡回検診及び、当院内科外来通院の女子について調査した肥満度を示した。


 高血圧は表7の様に男子14人(13.3%)、女子20人(18.9%)に認めたが最大血圧、最小血圧共に高いV型は男子2人、女子6人のみであった。収縮期高血圧(III期)は老人によく見られるタイプであるが、今回も50才以上で男子6人、女子8人にみられた。尚、IV型即ち拡張期高血圧が12人にもみられたのは異様であった。最小血圧の測定には一層の細心の注意が必要であり、反省と共に折があったら再診したいと考えている。


 尿検査では、表8の様に蛋白の陽性が9人にみられ、うち4人には高血圧が、2人に腎炎の既往、1人は内臓下垂が認められている。尿糖陽性は1人のみで空腹時血糖も高値を示していた。


 貧血は男子3人(2.9%)、女子11人(10.3%)に認められたが表8の如く、軽度な人が多く、ただ女子では40才代、50才代に集中してみられた。又、その中の40才代の2人、50才代の1人が肥満者であったのには注目させられた。Hb 11.2の62才男子は肺化膿症があり、肥満度も82のやせであった。
 肝機能では表9の様に、低蛋白血症が6人、GOT異常が8人、GPT異常が11人に認められたが、いずれも男子に異常者が多く、GOT、GPT共に異常は数字の上にマークのついた4人であり、いずれも男子であった。高度の異常値は幸いにして少なかった。


 血清コリンエステラーゼ(ChE)値の低下は4人に認められ、男子1人、女子3人であった。
 アルカリ、フォスファターゼ(ALp)、ZTTは全員、正常値であった。
 次にγ―GTPでは表10の様に男子18人(17.1%)、女子3人(2.8%)に異常が認められ、その多くは40才代、50才代の男子に集中していた。


 飲酒との関係は下の表の如く、酒を飲まないグループ(男子18人、女子60人)では2人(2.6%)、時々(男子43人、女子40人)では4.8%に異常を認めるのみであるが、毎日2合以上の男子22人ではその11人(50.0%)にγ−GTP異常を認めており、飲酒と関係した肝機能障害をよく表現している。尚γ―GTP863の高値を示した46才の男子は、毎日酒3合以上を飲んでおり、GOT87、GPTも117であった。
 HBV(B型肝炎ウイルス)の感染調査
 最近、肝硬変、肝がんの原因として、肝炎ウイルスが話題を集めている。その1つであるHBVについては抗原、抗体による血清診断が確立し、その検査が普及している。HBs抗原陽性は肝臓に、B型肝炎ウイルスを持っていることを意味し、多くは発病とは無関係である。今回の調査では表11の様にHBs抗原が6人に認められたがGOT、GPT等肝機能には異常をみとめていない。この6人について更に精密検査としてe抗原、e抗体を調べると、男子2人には活動的なウィルスの存在を示すe抗原が60才前後の年令であるのに拘らず、陽性であった。他の4人はいずれも弱いウイルスの存在を示すe抗体であった。


 一方、HBs抗体陽性は56人(26.5%)に認めたが既にHBVに感染し、現在は中和抗体をもつ安全なグループである。一般には加令と共に陽性者が増加するのが常識であるが例数が少ないためか、今回の調査では60才代の男子など乱れた数字となっている。
 私達は数年前から木頭村、木沢村を中心にHBV感染の疫学調査をしているが、それらの成績を今回の鷲敷町の調査と比較したのが表12である。相生町は未だ少数例であるが木頭村、木沢村と共にHBs抗原陽性率が全国平均の2〜3%をかなり上回っており、鷲敷町は略全国平均値であり、桑野の陽性率はそれより低い。もっと例数を増やさなければ確かなことは云えないが、那賀川沿いに興味深いデーターになりそうである。


 脂質異常では表13の如く、総コレステロール(TC)の異常値は男子、女子、夫々に8人認めたがその半数は低値異常であり、中性脂肪(TG)の異常値を示した20人の中でも特に40才代の女子において低値異常を認めたものが多く、肥満、動脈硬化と関連のある高値異常者は比較的少なかった。


 善玉のコレステロール(HDL−C)が低値を示したのは14人あり、40才代、50才代の女子及び60才代の男女にみられた。このHDL−Cの血中レベルと虚血性心疾患の発生頻度との間に逆相関のあることがいろいろ報告されているので要注意の人達である。
 その他の生化学的検査では、表14の様に尿素窒素(BUN)が男子3人に、空腹時血糖(FBS)が5人、更に痛風の原因である高尿酸血症が男子16人、女子2人にみとめられたが表の如く、著しい高値を認めた人はいなかった。


 次に、レントゲン検査では表15の如く先ず胸部では要精検が11人あり、当院で再検した8人の結果は表の上欄の様であるが、50才以上にはレントゲン所見の上で結核の既往を思わせる人が尚、多かった。

 異部の要請検は25名であり、うち6人の結果は未追跡であるが19人については当院にて再検し、表15の下段の様な結果となった。胃がんの1人、57才女子はその後、直ちに当院で手術を受け、順調な経過を辿っており、この健診が幸いした貴重な症例である。

 心電図検査では、要注意が17人(男子8人、女子9人)、要精検が10人(男子6人、女子4人)に認められ、後者の内容は表16の様であった。


 以上の諸検査を総合的に判定すると「異常なし」は男子で38人(36.2%)、女子では43人(40.6%)であった。その年代別分布は表17の如く、60才代ではさすがに急減している。又40才代の男子も意外と低率であった。一方、「異常あり」は表17の下段の如く、男子では、45人(42.9%)、女子では33人(31.1%)に認められ、加令と共に高率になっている。又どの年代も「異常あり」は女子より男子に高率であり、特に40才代の男女差に注目したい。


 尚、診察時所見として舌面の観察、腹部触診、手術痕及び下肢浮腫の有無に特に重点をおいて診察をすすめたが、その結果、下記の所見を得た。
 1.下肢浮腫は7人に認め、その人達の検診結果では高血圧4人、貧血2人、肥満2人、不整脈1人(重複あり)であり、それらは浮腫の原因として充分考えられ、検査で異常なしは1人のみであった。
 2.舌の不良(厚い舌苔、深い亀裂、地図状舌等)は23人にみられたが、男子21人、女子2人であり、13人は喫煙者であった。検査で異常なしは9人であったが、うち6人は胃腸病の既往と胃下垂症、又1人は慢性便秘であった。舌の性状は胃腸系統の機能的障害をも表現するものとして、今後も重視してゆきたい。
 3.肝触知は24人(男子14人、女子10人)に認められ、その人達の肥満度をみると、肥満は1人のみ、過体重3人、正常14人、やせが6人であり、触知率は腹壁の厚みによって左右される。従って、半数近くは必ずしも病的な肝腫張ではなく、内臓下垂の一現象として理解したい。事実、この24人の検査結果では、肝機能異常が5人、高血圧及び不整脈が5人、貧血2人、人、その他異常が2人であり、残りの10人では諸検査に異常を認めていない。
 最近の健診は、検査に押され、診察所見はかすみがちであるが、心の通った健康管理をすすめるためには、その意義を再認識する必要を強く感じている。


 まとめ
 鷲敷町の農業従事者、男子105人、女子106人の健康診断結果を要約すると、
 1.総合判定で「異常あり」は男子42.9%、女子31.1%であり、どの年代も女子より男子に高率であった。
 2.既往症として胃腸病が多く、肥満、高脂血症は他の地区に比べて低い方であった。
  胃腸病については、摂取栄養の外に食生活習慣の改善を要する人が少なくなかった。
 3.手術既往は40才以上に多くみられ、全体としては男子11.4%、女子19.8%であった。
 4.HBV陽性率は全国平均なみであった。

文献
1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について、郷土研究発表会紀要:22、159、1976
2)加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:23、151、1977
3)坂東玲芳ら:山城町農家と農民の健康状態、郷土研究発表会紀要:24、105、1978
4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:25、139、1979
5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要:26、195、1980
6)右見正夫、今川大仁ら:上板町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:27、95、1981
7)坂東玲芳ら:貞光町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:28、171、1982
8)熊谷フミら(秋田):検診で調査した手術年令層の検討、日農医誌:31、218、1982
9)森本志津代ら:各種検診でみられた農村婦人の肥満度、日農医誌:29、266、1980
10)南与志子ら:山間二村におけるHBV感染の疫学調査、日農医誌:31、304、1982


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