1 はじめに 鴨島町は吉野川平野のほぼ中央に位置する町で、南は四国山地の稜線で名西郡神山町及び麻植郡美郷村と接し、北は吉野川を境界として板野郡吉野町及び土成町、阿波郡市場町に接している南に高く北に低い地域である。 町の南部は山地、北部は平野よりなる。 町全域はヤブツバキクラス域に含まれ、しかも古くから人為の影響が強く及んだため、一部の社叢以外は代償植生と耕作地植生に置き換えられている。平野部では江戸時代から明治時代まで藍の栽培が、その後昭和初期までは養蚕製糸業が盛んであった。現在は畑作と稲作が中心になっており、サトイモ、ショウガ、ダイコンなどが生産されている。山地部は、殆どが北向きの斜面であり、海抜高度が600mを超えることはない。山地下部はなだらかな丘陵地となっており、1968年度より1983年度まで、国営地区開拓パイロット事業が行われ、果樹の栽培面積が増大した。
2 自然環境 1)気候 本町においては公的気象観測所がないため、比較的気象条件の似ていると考えられる市場観測所の気象観測資料を次に示す(表1)。
これによれば、年間を通じて月平均気温は5℃以下になることがなく、暖かさの指数は
WI=131.6 である。また、町内で最も海抜高度の高い地点の暖かさの指数を気温逓減率より算出すると WI=98.7
となり、いずれも照葉樹林帯に含まれることがわかる。降水量は、市場町の観測記録によると年間 1394mm
となっているが、本町ではこれよりやや多いと考えられる。 2)地形・地質 南部山麓には所々に河岸段丘がみられ、町の大部分を占める平野部は沖積層よりなる。なお、山地部は古生界三波川系の緑色片岩と泥質片岩の互層よりなっている。
3 調査期間と調査方法 1983年8月1日から8月7日までの7日間にわたって、鴨島町全域を可能な限り現地調査した。調査では、あらかじめ空中写真により
1/2万5000
地形図上に群落区分したものを現地において修正確認し、それと並行して各々の群落について植生調査を行い、現存植生図を作製した。 植生調査に当たっては各群落の相観や種組成が均質な植分を選んで調査区を設定した。調査地点と資料番号を図1に示す。
植生調査法は
Braun-Blanquet(1964)に従い、調査区内に出現するすべての種について各階層毎に優占度と群度とを測定した。同時に地形、海抜高度、方位、傾斜角度、調査面積を記録した。 野外調査により得られた資料は、群落毎にまとめて総合常在度表を作成した。
4 植生概観 山地の大部分は森林で覆われ、その90%以上はアカマツ林で占められている。本町のアカマツ林でも、いわゆるマツクイムシによる被害が出てはいるが、阿南市や徳島市にみられる程ひどくはない。森林の残りはコナラ林、コジイ林、竹林、スギ・ヒノキ植林などにより占められている。なお、スギ・ヒノキ植林面積がきわめて少ないことは、那賀川流域の町村との大きな違いである。 山地下部のなだらかな傾斜地には、海抜約100mの等高線沿いに東西に農道がつくられ、この道路に沿って広く果樹園が造成されており、主に柑橘類が植えられている。 平野部は、ほぼ全域が耕作地や住宅地などに利用され、森林は殆ど残されておらず、社叢や竹林がところどころにあるのみである。 平野部の北には、堤防がほぼ東西に走っており、そこには、チガヤ、ススキなどイネ科の植物を主とする草本群落が発達している。堤防の内側は、半分以上耕作地として利用されているが、耕作地以外は、いわゆる路傍雑草で覆われ、吉野川に生じた州には、河原雑草群落がみられる。 なお、本町の土地利用状況は表2の通りで、耕地面積が林野面積より広く、森林では針葉樹の占める割合が90%に達している。
5 結果と考察 本町の群落を調査した結果、コジイ群落、コナラ群落、アカマツ群落、竹林、スギ・ヒノキ植林、伐採跡群落、路傍雑草群落、畑地雑草群落、水田雑草群落、チガヤ群落、河原雑草群落などの群落を識別し、合計46の植生調査資料を得た。 これらをまとめ、各群落の識別種により比較したのが総合常在度表(付表1)である。 1)コジイ群落(付表2) 群落識別種 コジイ、サカキ、カナメモチ、ミミズバイ。 平均出現種数 24.7
かつてこの群落は、いわゆる気候極相の原植生として鴨島町全域を覆っていたものと考えられる。しかし長年にわたる人間の干渉により、現在では殆ど残されていない。 今回得られたこの群落に関する資料は、すべて社叢林のものである。これらのコジイ林は本町の原植生に近い状態を示すものとして、貴重な群落である。 長原の敷島神社の林では、コジイが高木層に優占しており、標高310mにある樋山地の八幡神社では、コジイの他にウラジロガシ、タブノキ、カゴノキなどの常緑広葉樹が生育しており、調査区外にイスノキが見られた。 2)コナラ群落(付表3) 群落識別種 コナラ、クリ、ノグルミ、クヌギ。 平均出現種数 36.9 この群落はコナラ、クリ、クヌギ、ヤマザクラなどの落葉広葉樹が高木層に優占する群落で、二次的に形成された森林と考えられる。冬季には落葉するため、アカマツ群落との識別が容易である。鴨島町では谷沿いの水分条件のよい所に発達している。また山地下部の人家周辺にはクヌギ林が点在する。山地上部には殆ど見られないが、樋山地の石鎚神社奥の院には、コナラ、アカシデ、イロハモミジなどの優占する群落が存在している(図3)。
種組成は、アカマツ群落とコジイ群落の中間的性質を示している。たとえば、アカマツ群落で普通に見られるツツジ類が生育している一方で、亜高木層にはアラカシが優占している。 3)アカマツ群落(付表4) 群落識別種 アカマツ、トサノミツバツツジ、ナツハゼ、ウラジロ。 平均出現種数 37.8 アカマツ群落は鴨島町の山地の大部分を占める二次林である。アカマツは陽あたりのよい立地では成長がはやく、伐採跡などに優占しやすいので、山火事や定期的な伐採がアカマツ群落の形成を助長していると言えよう。 種組成的特徴として低木層にツツジが高い常在度で出現する傾向がある。またワラビ、ウラジロなど陽生立地に生育するシダ類が草本層に見られる。コナラやクリなどの落葉広葉樹も出現するが、コナラ群落には見られないナツハゼが生育している(図4)。
4)竹林(付表5) 群落識別種 マダケ、ヤブソテツ、ハエドクソウ、ミョウガ、フモトシダ、イズセンリョウ。 平均出現種数 40.4 竹林は人為的に作られ、維持されてきた群落である。現在も人家周辺に利用され、管理されている竹林が散在する。それは平野と山地の境界部に多いが(図5)、河辺、山地上部にも見られるので、群落成立のための立地条件はそれほど限定されていないと考えられる。
構成種には木本類が少なく草本類が多い。低木層にはイヌビワ、ナンテン、アオキ、アラカシなどの木本類が生育しているが、個体数は少ない。草本層にはヤブソテツ、フモトシダ、ミョウガなど、竹林を特徴づける草本類、シダ類が多い。 5)スギ・ヒノキ植林 本町におけるスギ・ヒノキ植林は谷に沿って小規模のものが点在するにすぎない。これは降水量が少ないことによるものと考えられる。 植生調査資料は樋山地の下で得られた1個だけで、以下にその結果を示す。 調査地点は谷に近いやや平坦な立地であったので水分条件がよく、通常の、斜面にある植林より草本類が多く生育していた。 調査年月日 1983年8月4日 海抜高度 140m 調査面積 10×15平方メートル 露岩 0% 高木層(18m) 植被率(90%) スギ5・5 亜高木層(12m) 植被率(20%) ヒノキ2・2 フジ+ ナツヅタ+ 低木層(3m) 植被率(60%) イヌビワ3・3、イズセンリョウ1・1、タラノキ+、ムクノキ+、マルバウツギ+、ヤブツバキ+、ヤマザクラ+、ナンテン+、ヤマウルシ+、ヒノキ+、チャノキ+、エノキ+、マルバウツギ+ 草本層(0.8m) 植被率(95%) フユイチゴ4・4、サカゲイノデ3・3、ドクダミ2・2、イヌビワ1・1、ヤブミョウガ1・1、ハカタシダ1・1、ムサシアブミ+、ミゾシダ+、イワガネゼンマイ+、ヤブコウジ+、クマワラビ+、フモトシダ+、チヂミザサ+、ネズミモチ+、サンショウソウ+、クズ+、イシカグマ+、アマチャヅル+、ウバユリ+、ガマズミ+、ホドイモ+、ミズヒキ+、ヒカゲイノコズチ+、イタドリ+、コアカソ+、ヤブラン+、フタリシズカ+、マツカゼソウ+、イボタノキ+、ヌスビトハギ+、アラカシ+、ミズタマソウ+、テイカカズラ+、メヤブマオ+、ヒメドコロ+、スゲ属の1種+、シャガ+、ナキリスゲ+、ナガバジャノヒゲ+、ニガクサ+、アオキ+、ヘクソカズラ+、カキドオシ+、ツルウメモドキ+、ノブドウ+、サネカズラ+、ナツヅタ+ 6)伐採跡群落(付表6) 群落識別種 アリノトウグサ、ダンドボロギク、クサギ、センダン、ベニバナボロギク、ヤマハギ。 平均出現種数 28.4 伐採跡群落は、もとの森林群落の残存種(ひこ生えあるいは実生)と、開放地となったために出現した種(主として草本類)が混在して構成されている。伐採跡を特徴づける種は後者であり、ベニバナボロギク、ダンドボロギクなどがそれにあたる。そのほかオオアレチノギクやヒメムカシヨモギなどの帰化植物と、タラノキ、ノイバラ、イヌザンショウ、クサイチゴなどとげのある植物が出現する。しかしこれらの植物は、木本類の成長に従って光の条件が悪くなると、やがて消えてゆく。 長原における伐採跡群落では(図6)、構成種から推定すると、そこはアカマツ林の伐採後1〜2年を経ているものと思われ、アカマツ、コナラ、モチツツジ、ヒサカキなどのアカマツ群落構成種と、ベニバナボロギク、ダンドボロギク、クサギ、ヌルデ、ヤマハギ、オオアレチノギク、ヒメムカシヨモギなど、伐採後に出現したと考えられる種から構成されていた。こういう伐採跡も、20〜30年後にはもとのアカマツ群落に戻っていくものと考えられる。
7)路傍雑草群落(付表7) 群落識別種 ヤブカラシ、クズ、アレチウリ、カラムシ、オヤブジラミ。 平均出現種数 13.4 路傍雑草群落は、持続的に人為的影響を受ける路傍、空地、林縁などに成立する群落である。立地の自然環境の変化や人手の加わり方が一様でないことによって、この群落は多様な形態をとる。また、種組成の変動を森林ほど視覚的にとらえにくい傾向もある。 吉野川沿いの空地で行った調査では、いずれの地点でもクズ、アレチウリ、ヘクソカズラ、ヤブマメなどのツル植物が優占していた(図7)。
8)畑地雑草群落(付表8) 群落識別種 スベリヒユ、イヌビユ、メヒシバ、アゼガヤ、タカサブロウ。 平均出現種数 7.0 畑地はたえず除草が行われるので、多年生草本は生育し難いので、生育期間が短く多量の種子を生産する一年生草本が群落をつくっている。 上浦での調査では、対象としてサツマイモ畑、トウモロコシ畑を選んだが、どちらにも同様な傾向が見られ、スベリヒユ、イヌビユ、メヒシバ、イヌビエなどが優占していた。 9)チガヤ群落、(付表9) 群落識別種 チガヤ、シナダレスズメガヤ、メリケンカルカヤ、ヌカボ、タチチチコグサ。 平均出現種数 11.8 この群落は吉野川の堤防ののり面に形成されている草本群落である。植生高は0.5m程度で、イネ科植物が主体をなしている。堤防ののり面は、定期的に刈り取りが行われているので、他の群落に遷移することなく、チガヤ群落が成立していると考えられる(図8)。
10)河原雑草群落(付表10) 群落識別種 アメリカセンダングサ、イヌコウジュ、オオフタバムグラ、ヒメモロコシ、クサヨシ、ミヤコグサ、ネコヤナギ。 平均出現種数 19.4 河原は、裸地と植生の発達している所とに分かれており、川の中心に近づくほど裸地の占める割合が多くなっている。裸地では、一年生植物が点在する所もあるが、何も生育していない所もある。水際から離れるに従って立地が安定してくるため次第に草本類が多くなり、ついには、ツルヨシ、ヤナギ類、大形イネ科植物などが密生するようになる。 中央橋上流の地点における調査で、草本類を主体とする群落の資料が得られた。帰化植物が多く、種組成的に路傍雑草群落との関連があるように考えられる。 11)水田雑草群落 水田に生育する草本を中島で調査した。出現種は次の通りである。 チョウジタデ、ウリカワ、イヌビエ、セリ、イ、アゼナ、タカサブロウ、コナギ、イボクサ、キカシグサ、ウキクサ、アオウキクサ、ホソバヒメミソハギなど。 12)果樹園 本町ではミカン類、カキ、クリなどの栽培が行われており、山地下部では特にミカン類が広く栽培されている(図9)。以下は敷地のカキ園に見られた草本である。
イヌビエ、ヨモギ、カラムシ、ギシギシ、ノチドメ、ノゲシ、エノキグサ、タカサブロウ、トウバナ、ムラサキカタバミ、イヌタデ、イヌガラシ、トキワハゼ、ツユクサ、キツネノマゴ、メヒシバ、オオイヌノフグリ、クズ、ギョウギシバ、ヨメナ。
6 おわりに 本町は吉野川平野のほぼ中央にあり、藩政時代すでに伊予街道の拠点として栄えていたなどのことから推測しても、この地域の自然に対して古くから人工が加えられてきたことがうかがえる。 地形や地理が、人々の生活しやすさとも関連して、町全域の約70%が住宅地や耕作地で占められており、残りの30%が山地部の森林である。これも、古くから伐採がくり返され、また気象条件に限定されアカマツ林となっている。また、降水量も少ないことから、スギやヒノキの十分な生育も期待できない。唯一の自然植生として、敷島神社のコジイ林があげられる。その他には自然林は認められないが、平野部の神社にエノキやムクノキがみられ、山地部の400〜500m付近にモミがわずかながら生育していることなどから、かつて本町では、南の神山町や美郷村と接する尾根部にはモミ林(コガクウツギ−モミ群集)が発達しており、それより低い山腹から山麓にかけてコジイ林(カナメモチ−コジイ群集)が、そして平野部にはムクノキ−エノキ群集がみられたと考えられる。 本町に点在する社叢林は、以前の植生を類推する貴重な資料であるので、これらの林を積極的に保存することを要望する。
7 要 約 昭和58年8月1日から8月7日までの間、鴨島町の植生調査を行い、現存植生図を作成した。町内において識別できた群落は次の通りである。 1 コジイ群落 2 コナラ群落 3 アカマツ群落 4 竹林 5 スギ・ヒノキ植林 6 伐採跡群落 7 路傍雑草群落 8 畑地雑草群落 9 チガヤ群落 10 河原雑草群落 11 水田雑草群落 12 果樹園 主な参考文献 1 中国・四国農政局徳島統計情報事務所 1982:徳島農林水産統計年報 56〜57 2 気象庁 1982:全国気温・降水量月別平年値表(1951〜1978) 3 徳島新聞社 1981:徳島百科事典 4 宮脇 昭 1982:日本植生誌 四国 至文堂
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