阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第30号
鴨島町のチリモ類について

植物同好会 日出武敏

 わたしは、かなり以前から鴨島町のチリモ相については、特別の関心をもっていたのである。それは、この町の東端の上浦に東西に並んでいる2個の池があり、その西側の小池は、周辺に各種の水草が生い茂り、池底には一面に緑のじゅうたんを敷いたようにフラスコモの一種 Nitella sp. が密生していたこの池から採集した資料からは多種多様のチリモ類の群生が見られこの類の宝庫のような観で、珍奇な種類も少なからず見られた。この池から Staurastrum lep-todermum Lund. var. ikapoae (Schmidle) W. et G. S. West という比較的珍しいものが夥しく見られ、その接合子さえ観察できたので、その図を広島大学内の広島植物学研究会から発刊されていたヒコビア誌に発表した(昭和35年)。そしてその図がスェーデンのチリモ類研究の大家、アイナー・タイリングムのまとめの大著の中に引用された。わたしはこの池を時々訪ね採集して、チリモ類を観察していたのであるが、その記録ももう失われてしまった。この度の鴨島町の総合調査は、この池のフロラを徹底的に調べる絶好の機会と、早速この池を訪れたのであるが、わたしは全くうちのめされてしまった。というのは、この池の側縁に接して、大きい自動車道が作られ、この池の辺縁には廃棄物が積み重ねられている。そして、水は黄褐色に濁り、美しく茂っていた水草は、その痕跡もなくなり、千変万化の造形の美を誇っていたチリモの姿は完全に消失して、池は、死滅してしまっている。開発がこのように無惨に生物の世界を滅亡させている事実は、まことに悲しいことである。
 当町にはなおいくつかの池が見られるが、いずれも生物の上からは、衰退状態でチリモ類の個体数は概ね僅少である。しかし稀に驚くような種類の片鱗を思わせるものが見られることがある。これはこの地域には、過去に水産生物が繁栄していたことを示すものではなかろうか。当初には、わたしもかなり意気込んでいたが、各地を廻って採集してそのフロラを調べて見ると、現状は平凡で、興味深いものは極めて少ない。また個体数が少ないため、同定のできないものも若干あった。なお少数の特記すべきものも見出されたが、それは、当該の種名のところに附記しておくこととした。当町内を一巡して同定し得た種類の総数は、7属、26変種、40種で全計66種類が、種類数からいえば、比較的貧少であろう。採集を行った場所は下記の通りである。
 1.上浦、大きい池に注ぐ小溝
 2.大池、チリモ存在せず。以前には少数だが興味ある種類の存在を認めた。
 3.森山の水田及びその側溝
 4.市瀬橋より少し上流の飯尾川、水は停滞して、フサモ、ヒシ等水草が多い。
 5.牛ノ島の水田及びその側溝。
 6.向麻山北、小溝
 7.同上  水田
 8.知恵島の水田
 9.江川遊園地へ注ぐ小溝。
 10.山路の小池
 今回の調査で判名した種類を分類の体系に従って下に示す。細胞の大きさはすべてミクロンで表し、次の略字で示した。細胞の長さ=L,同幅=W,同峡部=I,厚さ=T,半細胞の底部=bas,同中部=m 刺を含んで=csp,刺を除いて=ssp.
 1.Gonatozygon(12 ) echinatum (Krieg.) Hinode(図I,3)
  L77−162;Wap8;Wm6.5 産地10
 2.G. kinahani(7 ) (Arch.) Rabenh.(図I,2)
  L122−177;Wap13;Wm11−12 産地7
 3.G. monotaenium(9 ) De Bary(図I,1)
  L103−144;Wap12;Wm11 産地7・10
 4.Penium margaritaceum(12 ) (Ehrenb.) Br■b.(図I,4,5)
  L56−168;W17−25 産地1・4
 5.Closterium attenuatum(12 ) (Ralfs) Ehrenb.(図II,4)
  L375;W35 産地8
 6.Cl. calosporum(8 ) Wittr.(図I,17)
  L119;W15 産地10
 7.Cl. cornu Ehrenb(5 )(図I,10)
  L153;W16 産地1
 8.Cl. dianae(6 ) Ehrenb.(図I,16)
  L180−195 ;W16 産地10
 9.Cl. ehrenbergii(8 ) Menegh. var. nastum(新変種)(図I,18)
  L402−508 ;W58−85 産地7・8
 細胞の両先端が吻状に突出した特異なもの。鴨島産のこの種のものは、全部同様の形をしているので、新変種とした。
 10.Cl. juncidum(7 ) Ralfs(図I,19,20)
  L194;W10 産地10
 比較的少ない種類で、徳島県では海南町の多良湿地と阿波町長嶺の水草に富んだ細い小溝の2ケ所で観察しただけである。このような湿原性のものが、山路の小池で見られたことは興味深い。
 11.Cl. leibleinii(7 ) Kutz.(図I,13)
  L140−186 ;W25−34 産地4
 12.― var. recurvatum(6 ) W. et G. S. West(図I,14,15)
  L122−170 ;W25−34 産地7・8
 13.Cl. moniliferum(8 ) (Bory) Erenb.(図I,11)
  L232;W35 産地8
 14.― var. robustum(5 ) Hinode(図II,5)
  L129;W25 産地8
 矮小なもので、新品種かも知れないが、1個体しか見られなかったので、異状形かも知れない。
 15.Cl. nasutum(5 ) Nordst. var. nanum(4 ) Hinode(図II,5)
  L250−271;W34−37 産地8
 ウクライナとアフリカのザンジバルから報告されているが、アメリカ特に南アメリカが分布の主体であるとなっている。本県では各地から見られ、かなり分布は広いようである。ただし本県産のものは、小さくて膜の線條は少ないようで新変種とした注目すべき種類であろうと思う。その分布の主体は水田である。
 16.Cl. parvulum(7 )(図I,7)
  L144;W16〜17 産地4
 17.― var. angustum(6 ) W. et G. S. West(図I,8)
  L122−191;W16〜17 産地4・7
 18.― Var. angustissimum(8 ) Hinode(図I,9)
  L89〜101;W6〜7 産地10
 19.Cl. pritchardianum(10 ) Arch.(図I,21,22)
  L266−345;W33−37 産地8
 20.Cl. pseudolunula(9 ) Borge(図II,1)
  L251;W38 産地8
 21.Cl. strigosum(7 ) Br■b. var. elegans(4 ) W. et. G. S. West(図II,2・3)
  L198;W14 産地4
 池田町の調査の際、中西のコトボシ池、大和川流域の水田、佐野の水田中から見出して本邦産として始めて報告したもの。
 22.Cl. venus(5 ) Kutz.(図I,6)
  L62−69;W8−9 産地7
 23.Pleurotaenium(13 ) ehrenbergii (Br■b.) De Bary(図II,6)
  L359;Wb25,Wap16 産地10
 24.Pl. trabecula(6 ) (Ehrenb.) N■g.(図II,7)
  L254;Wb28,Wap15 産地4
 この種は前者とともに、各所に多数見られるものであるが、本町では全資料を通じて、唯1個体ずつを見たのみである。
 25.Euastrum(8 ) binale (Turp.) Ehrenb. var. hians. W. West(図I,23)
  L16;W13;I3 産地7
 岡田喜一博士は中部千島から、平野実博士は滋賀県から1度報告したもので、数少ないもののようである。本町でも唯1個体を観察しただけである。
 26.E. spinulosum(7 ) Delp.(図II,8)
  L73;W64;I18 産地10
 27.― var. vaasii(4 ) Scott et Presc.(図II,9)
  L61−62;W56;I16−17 産地7
 28.Cosmarium(10 ) anceps Lund.(図III,8−10)
  L23;W14;I8;T12 産地9
 北極圏や高山地帯に分布するもので、わが国からは平野博士が乗鞍岳の池から報告しているのみ。氷河期来の残存種であろうか。
 29.C. angulosum Br■b.(図III,11)
  L22;W18;I14 産地9
 30.C. binum Nordst.(II,24)
  L55;W42;I13 産地10
 31.C. constrictum(7 ) Delp. var. minus(4 ) Fritsch et Rich(図I,25,26)
  L20−26;W16−19;I4−5;T9 産地10
 南アフリカのナタルから唯1度報告されたのみの極めて珍しい種類である。
 32.C. dentiferum(7 ) Corda(図III,5,6)
  L68−79;W61−73;I 産地4・5・7
 33.C. granatum(5 ) Br■b.(図II,21)
  L23−25;W16−19;I14 産地3
 34.― var. angustum(5 ) Hinode(図I,27)
  L25−28;W15−19;I6−7;T12 産地4・9
 35.― var. deltoides(5 ) Hinode(図II,27)
  L25−28;IW15−19;I6−7;T12 産地4
 36.C. hammeri(6 ) Reinsch var. protuberans(6 ) (Gutw) W. et G. S. West(図II,14)
  L28−31;W22−25;I15−16 産地10
 37.C. laeve(4 ) Rabenh. var. septentrionale(7 ) Wille(図II,26)
  L21−29;W15−25;I5−7 産地4・10
 38.C. lundellii(6 ) Delp. var. japonicum(6 ) Hinode(図II,11)
  L64;W59;I31 産地6
 39.C. margaritatum(9 ) (Lund.) Roy et Biss.(図III,7)
  L65−67;W58−59;I22 産地7・10
 40.C. moniliforme(7 ) (Turp.) Ralfs var. limneticum W. et G. S. West(図II,18−20)
  L29−31;W18−20;I11−13 産地10
 この植物は一般にプランクトンとして出現するもので、このようなものが小さな池に見られることは、まことに奇異な感じがする。プランクトンとなっているものであるから、殆ど常に4個位の細胞が糸状に連って出現する。この付近に以前にかなりの大きさの池か湖の存在していたことを示すものではなかろうか。
 41.C. obsoletum(6 ) (Hantsch) Reinsch var. sitvense(5 ) Gutw.(図II,10)
  L70;W73;I40 産地7
 42.C. obtusatum(7 ) Schmidle(図II,13)
  L55−58;W40−49;I15−19 産地4・9
 43.C. pachydermum(9 ) Lund.(図II,12)
  L71−73;W57−58;I28−31 産地4
 44.C. porrectum(7 ) Nordst.(図III,16)
  L72−83;W72−84;I28−31 産地7
 1870年ノルドステットがブラジルで発見したもので、その後、北米や南オーストラリアから報告されているが、その産地は多くない。わが国からの報告も徳島県以外からはない。本県では水田や小水溜りなど随所で見出されるのに、まことに不思議なことである。
 45.C. portianum Arch.(図III,15)
  L34;W25;11 産地10
 46.C. pseudobroomei Wolle(図III,17)
  L41;W38;I14 産地4
 47.C. pseudoprotuberans(10 ) Kirchn. var. angustius(5 ) Nordst.(図III,3)
  L31;W23;I8 産地4
 48.C. punctulatum(8 ) Br■b.(図III,14)
  L30−32;24−28;I9 産地7・10
 49.C. quadratulum (Gay) De Toni var. subimpressulum (Dick) Kring. et Gerl.(図III,12)
  L21;W16;I4 産地7
 これは今までにドイツから唯1回報告されたのみ稀産種である。
 50.C. quadratum(7 ) Ralf(図II,17)
  L61;W31;I13 産地10
 51.C. regnellii(6 )(図I,24)
  L13;W11;I13 産地5
 52.C. subcostatum(8 ) Nordst.(図III,4)
  L34−42;W29−36;I9−11 産地4・5・7
 53.C. subcrenatum(8 ) Hantzsch var. divaricatum(6 ) Wille(図III,12)
  L27;W24;I8 産地9
 54.C. subprotumidum(9 ) Nordst. var. gregorii(5 ) (Roy et Biss.) W. et G. S. West(図III,13)
  L23;W19;I4 産地7
 55.C. subspeciosum(8 ) Nordst.(図II,25)
  L56;W42;I28 産地10
 56.C. subtumidum(8 ) Nordst. var. krebsii(4 ) (Gutw.) W. et G. S. West.(図II,15,16)
  L27;W23;I6 産地10
 57.C. turpinii(6 ) Breb. var. eximium(5 ) W. et G. S. West(図II,22)
  L43;W37;I10 産地3
 58.― var. podolicum(6 ) Gutw.(図II,23)
  L63;W52;I16 産地4
 59.C. undulatum(7 ) corda var. crenulatum(6 ) (N■g.) Wittr. ittr.(図II,28)
  L23;W19;I6 産地3
 60.Staurasrum(13 ) corniculatum Lund. var. variabile(5 ) Nordst.(図III,19)
  Lesp43,ssp35;Wcsp37,s5p35;I17 産地10
 この名前は1888年ノルドステットがオーストラリアで見出したものに、新変種として命名したもので、1932年にクリーガーがスマトラ、バリ島の主にプランクトン中より見出したものと比較して、この名前を適用したのであるが、わたしは、両者別物と考える。それで St. corniculatum Lund. var. kriegeri Hinode と新変種とするのが至当ではないかと考えるが、何分にも唯1個体しか現われないので、まだ細胞膜の様子もはっきりしないし、解決は次の個体の出現まで保留する。
 61.St. lapponicum(7 ) (Schmidle) Bronbl. var. latum(4 )(新変種)(図III,22)
  L26−28;W28−34;I7−9 産地7
 基本種に対して細胞の上線が平らかで、細胞の幅がやや大きいので新変種とした。
 62.St. muticum(7 ) Br■b.(図III,18)
  L20;W16;I6 産地10
 63.St. punctulatum(8 ) Br■b.(図III,23)
  L26;W24;I11
 64.St. submanferdtii(9 ) W. et G. S. West(図III,24)
  L25−28;W32−37;I6−7 産地10
 65.St. tetracerum(8 ) Ralfs(図III,20)
  L19;W21;I7 産地7
 66.― var. cameloides(6 ) (Georgev.) Florin(図III,21)
  L28−34;W28−31;I4−6 産地10
 図説明  図の拡大率(拡大率は図IIIの下に尺度で示した)
図I 拡大率 6−18,20−22…尺度A;1−5,19,23−25,27…
  尺度B;26…尺度C


1.Gonatozygon monotaenium
2.G. kinahani (Arch.) Rabenh.
3.G. echinatum (Krieg.) Hinode
4,5.Penium margaritaceum (Ehrenb.) Br■b.
6.Closterium venus K■tz.
7.Cl. parvulum N■g.
8.__ ____ var. angustum W. et G. S. West
9.__ ____ var. angustissimum Hinode
10.Cl. cornu Ehrenb.
11.Cl. moniliferum (Bory) Ehrenb.
12.__ ____ var. robustum Hinode
13.Cl. leibleinii K■tz.
14,15.__ ____ var. recurvatum W. et G. S. West
16.Cl. dianae Ehrenb.
17.Cl. calosporum Wittr.
18.Cl. ehrenbergii Menegh. var. nasutum 新変種
19,20.Cl. juncidum Ralfs
21,22.Cl. pritchardianum Arch.
23.Euastrum binale (Turp.) Ehrenb. var. hians W. West
24.Cosmarium regnellii Wille
25,26.C. constrictum Delp. var. minus Fritsch et Rich
27.C. granatum Br■b. var. angustum Hinode
28.C. undulatum Corda var. crenulatum (N■g.) Wittr.

 

図II 拡大率 1,3−7…尺度A;2,8−27…尺度B


1.Closterium pseudolunula Borge
2,3.Cl. strigosum Br■b. var. elegans W. et G. S. West
4.Cl. attenuatum (Ralfs) Ehrenb.
5.Cl. nasutum Nordst. var. nanum Hinode
6.Pleurotaenium ehrenhergii (Br■b.) De Bary
7.Pl. trabecula (Fhrenb.) N■g.
8.Euastrum spinulosum Delp.
9.___ ____ var. vaasii Scott et Presc.
10.Cosmarium obsoletum (Hantsch) Reinsch var. sitvense Gutw.
11.C. lundellii Delp. var. japonicum Hinode
12.C. pachydermum Lund.
13.C. obtusatum Schmidle
14.C. hammeri Reinsch var. protuberans (Gutw.) W. et G. S. West
l5,16.C. subprotumidum Nordst. var. gregorii (Roy et Biss.) W. et G. S. West
17.C. quadratum Ralfs
18.−20.C. moniliforme (Turp.) Ralfs var. limneticum W. et G. S. West
21.C. granatum Br■b.
22.C. turpinii Br■b. var. eximium W. et G. S. West
23.__ ____ var. podolicum Gutw.
24.C. binum Nordst.
25.C. subspeciosum Nordst.
26.C. laeve Rabenh. uar. septentrionale Wille
27.C. granatum Br■b. var. deltoides Hinode
28.C. unaulatum Corda var. crenulatum (N■g.) Wittr.

 

図III 拡大率 1,3−7,9−24…尺度B;2,8…尺度C


1,2.Cosmarium quadratulum (Gay) De Toni var. subimpressulum (Dick) Krieg. et Gerl.
3.C. pseudoprotuberans Kjrchn. var. angustius Nordst.
4.C. subcostatum Nordst.
5,6.C. dentiferum Corda
7.C. margaritatum (Lund.) Roy et Biss.
8.−10.C. anceps Lund.
11.C. angulosum Br■b.
12.C.. subcrenatum Hantzsch var. divaricatum Wille
13.C. subtumidum Nordst. var. krebsii (Gutw.) W. et G. S. West
14.C. punctulatum Br■b.
15.C. portianum Arch.
16.C. porrectum Nordst.
17.C. pseudobroomei Wolle
18.Staurastrum muticum Br■b.
19.St. corniculatum Lund. var. variabile Nordst.
20.St. tetracerum Ralfs
21.__ ____ var. cameloides (Georgev.) Florin
22.St. lapponicum (Schmidle) Gronbl. var. latum 新変種
23.St. punctulatum Br■b.
24.St. submanfeldtii W. et G. S. West


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