阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第30号
鴨島町における農業従事者の健康状態

農村医学班

   坂東玲芳・和田泰男・福島泰・

   北室友也・浜田礼子・八木節子・

   中井美智子・小川幸子・松浦一・

   林敬子

 (以上 徳島県厚生連麻植協同病院)
   井上博之・蔭山哲夫・北詰恒子・

   林まゆみ・川人信二・遠藤博久・

   江本茂子・大黒達男・臣永美保・

   杉本英雄

 (以上 徳島県厚生連健康管理部)
   市原弘雅・日下静代・七条宜浩

 (以上 徳島県農協中央会)

 1.健康と農業との関連に関するアンケート調査結果
 私ども農村医学班は、総合学術調査に参加して、鴨島町内の農業者を対象に、総合的な集団健康診断を行うとともに、健康と農業との関連に関するアンケート調査を実施した。
 健康診断の結果は2で報告し、1ではアンケート調査のまとめの中から、主な事項を報告する。
 まず、調査の対象は、鴨島町内で農業を営んでいる農家の経営主102人と、主婦79人の合計181人について、7月26日から連続4日間にわたって調査した。
 その年令別構成や平均年令は、表(1)の通りである。


 調査用紙は、事前に各人に配布し、それぞれ記入された回答用紙を、健康診断の当日に会場で受け取り、内容をチェックの上、記人もれ等は、その場で聞きとり調査し正確を期した。
 これら対象者の、兼業の状況を収入の割合と仕事の割合との両面から見たのが表(2)と表(3)とであって、ここ鴨島町でも兼業化の進んでいることがうかがわれる。


 表(4)は、食事形態と嗜好についての調査の中から、とくに比率の高い特徴的なものを拾い出した。女の人は食事以外の間食が多く、男性は味つけの濃いもの、辛いものが好きで、また、甘いものは男女ともに好きな人が多く、これらの結果は、高血圧や肥満につながり、成人病との関連が心配される点である。


 次に、農業者の疲れが、自覚症状としてあらわれる農夫症々候群の8項目の調査では、表(5)に示したように「肩こり」と「腰痛」がいつもある症状として、男女ともに高い率で訴えられ、夜間のトイレ、手足のしびれ等がこれに続き、時時ある症状としては、不眠が男女ともに訴えられているのが注目される。


 これを訴えの程度により、定められた基準で採点してみると、表(6)のようになる。総得点が2点以下で対策を必要としない者が約4割、ほぼ半数の人は何らかの対策が必要であり、残りの1割強の人は得点が7点以上で、高度の対策、つまり治療が必要と出ている。


 こうした疲れの積み重ねが、慢性疲労となって病気につながったり、思いがけない事態を招く素地になる場合もあることの自覚がほしいと思われる。
 次に、1日の仕事が終わった時点での疲れを、自覚にもとづいて調査した。
 表(7)、1 のねむけとだるさ(身体的疲労)の10項目では、「横になりたい」をトップに、「足がだるい」、「目がつかれる」に続いて「ねむい」「全身がだるい」等の訴えが高く出ている。


 2 の注意集中の困難さを示す精神的な疲れでは、一寸したことが思い出せない」「根気がなくなる」「いらいらする」等の症状が注目され、3 の局在した身体違和感つまり神経感覚の疲れでは、さきの農夫症の調査と同様、「肩こり」と「腰痛」が突出しており、農作業という毎日の仕事が、手作業と前かがみの多い、不安定な姿勢による作業が多く、しかもそれの繰り返しが長時間続けられることに起因していると考えられる。
 表(8)と表(9)は、一般に持病と呼ばれている慢性的な病気についての調査を示したものである、今回の対象者は、現に農業に従事している人たちであるから、一応は達者な人ばかりとなるわけであるが、男性で30%、女性で34%つまり、3人に1人の割合で、慢性的な病気、何らかの持病をもっており、高血圧と胃病が、その代表選手となっている。


 次に、成人病対策の一つとして、とくに脳卒中や心臓病の素地になる高血圧に備えて、自分の血圧の平常値を知っておくことは、非常に大切であるが、その調査結果を表(10)に示した。


 自分自身の普段の血圧を知っている人は、男で48.0%、女で50.6%、平均が49.4%、つまり半数の人は知っているが、残りの半数は血圧の平常値を知らない。ということは、血圧に関心をもたないままで、毎日を過ごしていることになる。
 次は、農薬散布と中毒についての調査である。
 最近の農業は、除草剤を含めて農薬を使う機会が多く、農薬の果たす役割と効果も大きいものがあるが、その反面、それだけ危険度も高いわけである。そして、環境汚染とか公害など、社会問題にまで取り上げられている。
 農業者の場合は、直接にこれを取り扱い、自ら散布作業を行うので、慢性、急性を問わず、中毒の危険は見逃がすことができない。
 今回の調査では、農薬によると思われる中毒症状の経験者は、表(11)のとおり男が17.6%、女で8.8%となり、表(12)に示すような症状が出ている。


 これら中毒の原因を表(13)でみると、防除衣やマスクなど防備の不十分によるものと、自分の不注意から事故を招いた場合が多いので、最近の農薬は低毒性のものに変わってきたとはいえ、安易な取扱いや散布は絶対に慎むべきだといえる。


 農業機械による事故は、とくに高い比率を示す事例もないので、内容は省略するが、最近の農業機械は大型化し、動力化しているので、万一、事故が起きると生命にかかわるような結果を招くので、十分に注意してほしいと思われる。
 最後に、健康管理の第一条件として、年1回の健診、健康診断を受けることは、絶対に必要だとされているが、今回の対象者では、表(14)のとおり、男で73.5%、女で86.1%の人が何らかの検査や診断を受けている。


 しかし、表(15)でその内容をみてみると、部分的な検査がほとんどで、総合的な健診とはいえない状況にある。


 一方、健診を受けていない人について、その理由を聞いてみると、表(16)のように「現在は健康だから」をはじめ、いろいろと理由にならないような理由が並べられ、卒直にいって、健康意識の低いことがうかがわれる。


 その反面、次に健診の機会があれば……との質問には、表(17)のようにほぼ9割の人が受けると答えており、内容としては、ガン検診と循環器系の検診を希望している。


 今後は、町行政と関係の機関が連携して、総合的な健診の機会を計画的に設けていくことと、健康意識を高めていくための、健康教育を徹底することが大切だと考えられる。
 以上が調査結果の概要であるが、調査の準備段階から最後まで、全国的なご協力をいただいた鴨島農協の関係各位に厚くお礼を申し上げて報告を終わる。

 

 2.健康診断結果
 はじめに
 私達の農村医学班は、昭和50年以後、阿波学会の学術調査に参加し、神山町(1)、牟岐町(2)、山城町(3)、市場町(4)、池田町(5)、上板町(6)、羽の浦町(7)、等の住民とくに、農業者の健康診断を実施して、その人達の健康状態を明らかにしてきた。昭和58年度は、老人保健法の実質的施行の初年度にあたり、今年度対象の鴨島町でも、この法律にもとづく40才以上64才までの一般住民の健康診査を58年10月に実施している。よって今回の学術調査にもとづく健診結果の検討にあたり、既往の本調査結果、厚生連が年間数千名施行してしている巡回健診結果(8)等とさらに上述の一般住民健診結果とを比較して、鴨島町農業者および、一般住民の健康状態を明らかにすることができたので、その結果を報告する。
 対象と調査方法
 調査対象者は、従来の本調査と同様、鴨島町内で主として農業を営む経営者とその配偶者とし、選定は、鴨島農協に依頼した。その結果、表1の如く、男子102名(平均年令51.4才)、女子79名(48.9才)計181名の受診者となった。
 調査班員は、麻植協同病院、徳島県厚生農協連健康管理部、農協中央会および、農協職員で構成され、医師1、看護婦2、検査技師1、X線検査技師1、運転手1、その他7名で計13名、延52名を必要とした。
 調査日は58年7月26日より29日までの4日間、健診会場は、鴨島農協本部(2日間)および同農協森山と東部支所を使用した。
 健診内容も、従来のものとほとんど同様で、アンケート調査、問診、身体計測、血圧測定、検尿、胃部胸部X線検査、心電図検査、眼球検査、採血による貧血および、肝機能、胃機能、脂質測定等の生化学的諸検査ならびに、内科的診寮を施行した。
 表(18)に、検査法ならびに、検査結果の判定規準を示した。表の如く、私達は、5段階によりその結果を示しているが、老人保健法にあっては、一般診査でA:異常を認めず、B:要精検、C:要医寮の3区分とし、Bとなった要精検者は、その結果をA:異常なし、B:要観察、C:要指導、D:要医療の4段階で判定することになっている。ある面では、混乱が予想されところで、検討を要するところと考える。


 調査結果と考察
(1)既往症について
 既往症は、本報告前編の井上らの論文にみられる慢性疾病に含まれ、ほとんど同一内容となるので省略する。前編に含まれていず、健康に関係の深い嗜好について、つぎに述べる。
(2)嗜好について
 喫煙および飲酒についてのアンケート調査結果を表(19)に示した。女子の喫煙者は一名もみられず、男子の喫煙率は64.1%で、日本人平均より低いと考えられるほか、喫煙本数も20本未満であった。
 アルコール類についても、受診者の1/3は、たしなまず、48%の人達が、毎日飲酒するがその量は2合程度との結果であった。これらの喫煙率、本数とも割合低いこと、飲酒率、最も必ずしも多くないことなど、ともに健康上喜ばしい結果で、堅実な農家の人達の生活をそのまま反映しているように考えられる。


(3)総合判定結果
 表(20)に、多くの諸検査の結果を総合的に検討した判定結果を示した。検査項目が多岐、かつ精密に亘るほど、異常者率は高くなる。私達の健診か、巡回健診の中では、もっとも程度の高いものであることから、ここに示した48%の異常者率は、己むを得ない率であって、例えば、昭和57度の厚生連の巡回精密健診(8)受診者4762名の異常者率は全く同様の48%であった。異常者率の問題は、その率の高さでなく、その内容によって判断することが、大切であると考えられる。


 そこで、異常者率の高かった検査の5項目を摘出し、図示したのが図1である。図に示した如く、男女によって、多少の差はあるが、胃X線検査による異常、高血圧、眼球異常、心電図異常、肝機能異常、尿潜血陽性等の異常者率が高かった。以下、これらの点につき、順次検討する。


(4)高血圧について
 以上の如く、胃X線異常を除くと、高血圧が、異常の中で、もっとも問題であるが、その高血圧者率を、過去の調査地域、あるいは、巡回健診結果、また、鴨島町の老人保健法による一般調査結果等と比較したのが図2である。

これらの対象者の平均年令は、50才前後でほぼ同一と考えてよく、したがって比較の対象となりうる。厚生省の成人病基礎調査資料の示す30才以上の成人の高血圧者率男子23.1%、女子21.5%、また、40才代では、16.0%、50才代30.1%等の結果を比較すると、この鴨島町の高血圧者率は高い方ではない。県下の平均と比較すると、男子は同等、女子はやや高く、また、農業者と一般住民の高血圧者率が、やや高いことが知られる。
 また、高血圧を収縮、拡張両者の高い高血圧、その他のものに類別すると、表(21)、表(22)にみられるように、男子ではその1/4〜1/3が、良性と考えられる収縮期高血圧者であり、女子ではその40〜50%が同様のものであった。高血圧の管理上、必要かつ、示唆にとむ結果と考えられる。


(5)眼底検査結果について
 眼底異常は、高血圧とともに、異常の上位を占めたが、これは、極めて自然な結果で眼底変化の大部分は、高血圧症状病変によるからである。すなわち、表(23)に示したように、動脈硬化が26名中14名と、異常の53.8%を占め、この14名中、健診時に、高血圧であったものが、12名(85.7%)であった。この他、識別不能6例、網膜色素変性症2、網脈絡膜変化2、糖尿病性出血1、視神経萎縮1であった。眼底検査結果からみても、全国平均より少ないとは言え、高血圧症対策の重要性が痛感せられる。


(6)心電図異常について
 図1において示したように、心電図異常は、男子5.9%、女子10.1%にみられた。これを厚生連の施行している循環器検診の異常あり率11.6%(8)に比すると、やや低い値であるが、循環器検診は元来高血圧等の人達を対象としているので、当然の結果であろう。その異常の内容は、虚血性変化を主とするものが多く、表(24)の如く、高血圧、高中性脂肪、肥満などが主たる危険因子と考えられ、これらの危険因子除去対策の必要性が強調せられる結果であった。


(7)肥満について上述の如く肥満は、高血圧、心疾患、糖尿病等成人病の危険因子として、非常に重要なものの一つである。箕輪(9)の標準体重表により肥満度を測定し、肥満度(+)20%以上を肥満者として、その肥満者率を過去の阿波学会調査や、年代別の結果(表(25))、および、経済地帯別肥満者率(10)(図3)を示した。鴨島町男子農業者の肥満者率は、県下全般の平均よりはやや低く、過去の本学会調査地域よりはやや高く、経済地帯別では、その属する平地農村部に一致する値であった。女子では、県下の平均よりはやや高く、経済地帯別では、男子とほぼ同様の傾向を示していた。鴨島町内の農業者と一般住民を比較すると、農業者のそれは明らかに一般住民より低い。鴨島町一般住民の肥満者率は男子25.0%、女子21.1%で、男子は4人に1人、女子では、5人に1人の割合で、肥満者がいる計算となり、肥満者対策が、成人病予防上、極めて重要であることを示唆している。


(8)高脂血症について
 血清脂循については、疫学および臨床医学上もっとも重要な血清総コレステロール(T.C.)、高比重リポ蛋白コレステロール(HDL-C)および、中性脂肪について測定した。表26にその結果を示したが、農業者の平均値は意外に低く、高コレステロール症を示したのは、男子では僅か1%で非常に少なく、女子は12.7%で、やや低い程度であった。(表(27)、図4)。
 一般に、肥満と高脂血は平行関係にあることはよく知られている(10)。鴨島町住民と高脂血の関係も同様の関係にあり、その結果を表(28)に示した。


(9)貧血について
 WHOによれば、10%以上の貧血者がみられる集団は健康とは言えないと言う。この場合基準のとり方により、貧血者率は大きく左右されるが、軽度貧血の男子14.0g未満、女子 12.0g 未満の血色量を示す人達を貧血者(表(18)に示したように、男子12.0、女子10.0g/dl 未満が異常である)としてその有症率をみると表(29)図5の如く、農業者では男女とも県下の平均値に相当するか、一般住民では、貧血者率はかなり高かった。鴨島町では、血液の検査は全て民間の業者に委託しているので、精度面での問題も考慮する必要はあるものの、今後の課題と考えられる。


(10)血液化学、肝機能検査について
 採血による種々の検査は、表(18)に示したもの全てについて施行した、GOT、GPT等の酵素は、肝細胞膜の障害すなわち肝炎等の存在を示し、AIP等は胆管系酵素として、胆汁分泌および、胆汁流出路の異常を表し、r-GTPは胆汁管系酵素であるが、とくにアルコール摂取により増加することが知られている。表(30)に示したこれら肝機能検査の異常の程度は一般に軽く、ただちに治療を要するほどのものはさらに少々であった。しかし、4群の例の如く明らかに糖尿病をもち慢性肝炎症状を示す例や、5群の如くあるいは、胆石病ないし、胆管系腫瘍の考えられる例も発見せられている。また、異常者率は明らかに男性に高く、飲酒の影響が考えられる。


(11)血糖について
 男子3(2.9%)、女子2(2.5%)に高血糖が認められ(表(31))、糖尿病と診断される。服薬治療を要するものから、食事療法のみでよい程度と考えられるものもある。
 鴨島町一般住民の健康診査時の採血は、昼食摂取後の午後に行われており、血糖は測定せられているものの、糖尿病か否かの判定は非常に困難であった。血糖および中性脂肪は、ともに12時間以上の空腹時の採血による必要があり、検診時間も含めた今後の対応が必要である。


(12)検尿結果
 表(32)に示したように、男子7.8%、女子13.9%が要再検となった。血清尿素窒素の結果等をみると、これらの異常がそのまま腎疾患の疑と言うわけではなく、再検すれば大半は問題ないものと考えられる。なお、女子の尿潜血は(++)以上を異常としている。


(13)X線診断結果
 表(33)に胸部、胃部のX線診断結果を示した。胸部では、とくに重要な疾患等は発見されていない。
 胃部の診断は、2人の医師によるいわゆるダブルチェックが施行せられており、この結果、要精検者率は一人の医師による場合より若干高くなることは己むを得ない。これは、早期胃癌の発見を目的とするものであり、老人保健法では、ダブルチェックを施行するよう明記されていて、大抵の胃癌検診の要精検者率は10〜20%の間にある。また、男子が高く、女子に低いのも同様である。いづれにしても、要精検者は、必らず精密検査を受けることこそが重要であることを強調したい。

 

 まとめ
 鴨島町の農業者181名に、阿波学会農村医学班として健康診断を施行して、つぎのような結果を得た。
 いわゆる成人病ないしその危険因子となる高血圧、肥満、高脂血および貧血等の有発率は県下の平均値より低いが、ほぼ平均値に相等し、その健康状況は上位にランクされる結果であった。しかし、個々には、糖尿病者や肝疾患者があり、個人個人の健康保持の努力が要求されると考えられた。
 鴨島町内の一般住民と農業者を比較すると、上記の成人病危険因子所有者は一般住民に多い傾向があり、農業者別がよいとの結果であった。

文 献
(1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について、郷土研究発表会紀要:22,159,1976
(2)加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:23,151,1977
(3)坂東玲芳ら:山城町農家と農民の健康状態、郷土研究発表会紀要:24,105,1978
(4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:25,139,1979
(5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要:26,195,1980
(6)右見正夫 今川大仁ら:上板町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:27,95,1981


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