1 はじめに 民間薬とは、医療の専門家が使用法等を定めた薬物でなく、自分のあるいは身近な人達の健康の保持と病気の改善を目的に使用する薬物をいう。多くは古くからの伝承である。そのため時に誤まった使用法や薬物が使用されることもある。その結果、今まで知られていなかった薬効や薬物が発見されることも多い。そのため民間薬調査は新しい医薬品開発のきっかけとなることも珍しくない。 私たちは、由岐町で知られている民間薬を調査する目的で、平成5年7月28日から8月3日にかけて、由岐町の各家庭を訪問し、聞き取り調査を行った。
2 調査方法 調査方法は戸別訪問による聞き取り調査で、由岐町にあるすべての民家を対象としたが、留守の家、所在が分からなかった家は省いた。また積極的に道行く人、野良仕事をしている人からも聞き取りをした。質問の形式は、知っている、あるいは使用したことのある民間薬について尋ね、なるべく思い出しやすいように、植物では、動物では、などと具体的に聞いた。調査項目は、生薬名(植物名、動物名、鉱物名など)、薬効、薬用部位(使用部位)、使用法、使用頻度、効果の有無、その他であったが、この報告では各項目を整理し、名称、効能.効果、使用部位、使用法としてまとめた。 7月28日は87件、29日は50件、30日は39件、31日は97件、8月1日は121件、2日は80件の総計474件の回答を得たが、一人の人が答えてくれた民間薬のすべてを1件とし、数人が集まって答えたときにはその人達の回答すべてで1件とした。多くは2〜3人が集まっているところで聞いたものであり、1件あたりの実数は不明である。
3 調査結果及び考察 調査結果、植物は184種、動物は48種、その他は8種、組み合わせは14種、動物用薬は2種が得られた。 特に頻繁に挙げられた民間薬は、植物ではアロエ、ウメ、オオバコ、ゲンノショウコ、センブリ、ドクダミ、ヨモギなど、動物ではアワビ、クサギナの虫、サル、マムシなどであった。 また和名不明(植物名、動物名が特定できなかった)のものも多く、30種を数えた。今回の調査結果のリストには載せていないが、それらの同定あるいは特定も、今後行う予定である。特にトゲヌキソウといわれている植物は、今回の調査で、効果が特によい薬物として挙げられた植物である。この植物はトウダイグサ科の植物であるが、植物名は現在のところ、不明である。 今回得られた民間薬情報の多くは、一般に知られている薬物が大部分を占めていたが、その中にアオジソやウドを交通事故の後遺症、血液浄化、血流改善に使用している新しい使用法の情報が得られた。このことは時代を反映し、それに対応して新しい民間薬が作られている事実がうかがわれた。多くの民間薬の伝承が、日常生活の中で使われていないことによって、あるいは知っていた老人がいなくなることによって消え去りつつある中で、今回このような新しい病気に対応する新しい民間薬が作られていることを知ったことは特筆すべきことであると思われる。 気候が温暖なため、アロエを多くの家で栽培しており、その使用法も多岐にわたっていた。逆に多岐にわたる使用法があるために、多く見られたのかもしれない。また由岐町は長い海岸線を有しているため、海産物を薬用にすることがあるかどうかを特に注意して調査したが、アラメ、コンブ、テングサ、ヒジキ、フノリ、ワカメなど多くの海藻とともに、魚介類を薬物として使用する例がみられた。このことは、民間薬としてただ単に新聞、テレビ、ラジオ、本等によって伝えられたものだけが使用されているのではなく、地域発生的な薬物に各種の知識が混ざって使われていることも多いことをうかがわせた。 そのほか、オトギリソウや柿を視力回復に良いとして使用していたし、またカワニナ、キセルガイ、シジミなどが黄疸に積極的に使用されていたこと、さらにセリやパセリを魚の毒消しとして、また食中毒予防としてワサビのように使用するというのも、他地域ではあまり得られなかった情報である。 更に、エビスグサとハブソウがともに使用されていたが、ハブソウの方が多く、エビスグサの数倍見られた。このことは、「弘法大師が徳島ではエビスグサを教え、高知ではハブソウを教えた」という伝承があり、現実に徳島市ではほとんどの場合エビスグサが使用され、高知市ではハブソウが使用されていることを考えあわせると、興味深い。また、バショウを腹部の熱とりに使用するのは、インドネシアなど南方系の使用法であり、その伝来がうかがわれ、海洋民族として、南方までかかわり合いがあったことを示唆している。
1)徳島大学薬学部 2)徳島文理大学薬学部 |